【休載中】 バッド・エンド・マン

空御津 邃

序章

開始の事件

第1話 悲劇を視る男

 僕、遷戀せんれん 秋季しゅうきは私立探偵だ。この仕事を初めてから、約2〜3年経とうとしている。やっと落ち着いてきたところだ。


っても、迷子犬の探索や、不倫調査の依頼。その中での張込みや尾行などがほとんどで、推理小説や漫画に出るような事件にはず、遭遇する事は無いし、推理なんかした事もない。


僕は一見、そういうごく普通の探偵だ。


だが、僕には親にも友人に打ち明ける事が赦されない、秘密つみがある。

僕には稀に"未来が視えてしまう"のだ。


 無論、阿呆あほらしいと思うかもしれないが、それは事実だ。

だが、それは漫画の様な万能なものでは無く。


先程も云った通り稀に視えるもので、しかも、制御はかず、如何なる時でも、"最悪な未来"が視えてしまうのだ。


そしてそれは、寝ている時の方が起きている時より視える頻度は高く。起きている時には本当に"ごく稀に"視えるものだ。


『ほぼ無いに等しい』とも云えるが、僕にとってその異質の存在感は計り知れず。気が狂えたならどんなに良かったか、と考えずにはいられない程だ。



 更に最悪な事に、"未来"を象徴する子供と過ごしていると...ふと、目の前が真っ暗になり、『が視える』事もあった。


--その時の気持ちは誰にも判らないだろう。


その未来はいくつにも"分岐ぶんき"していて、無論、それらは全て"最悪な未来"なのだ。


誘拐犯に連れ去られる未来や、事故に遭う未来。殺害される未来こともあれば、自分が殺害する未来こともある。


だが、もっと最悪な未来もある。

家族が加害者だったり、世界が終わったり、その子供を"食べたり"。

死ぬよりももっと残酷な未来だって視える事もある。


それは、"現実時間"では一瞬の出来事だが、それを、まるで"現実かの様に視える"僕にとっては、永遠にも感じられるほどがたい苦痛であり、平和な世界から一気に"地獄へ堕とされる"様な、そんな絶望感にさいなまれる。


それだけじゃない。繰り返される残忍な未来と死よって、僕の精神はある一種の麻痺を起こすのだ。


--『死』への麻痺だ。


それはつまり、人格‥‥人間性が擦り減る事を意味する。


その感覚には吐気すらもよおす程で、僕にとっては無視出来ない程のだ。一種の病気だと思った事すらある程に。


僕はそうした『世界』を今迄幾つも視てきた。


--だが、『何故、それが"未来"だと分かったのか?』



 そのままならば、悪夢や幻覚で済んでいただろう。その方がまだ救われていた。しかし、僕は知ってしまったんだ。


そして、此れが僕が探偵になった『きっかけ』でもある。


-- 高二の夏休みが始まったばかりの頃だ。


一つ上の学年に世渡よわたりが上手そうな女性の先輩が居た。

容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、おまけに人格者と云う完璧人間だ。


そんな人が人気者に成るのは至極当然だった。先輩は同級生、下級生共に人気があり、学校のマドンナ的存在だった。


但し、僕とはほぼ接点がなく、彼女の噂を人伝ひとづてに耳にする程度だった。


僕が勝手に、そんな『完璧人間』に畏怖していた為だ。完璧すぎて、自ら遠去けていた単純に嫉妬心していただけではないか? と聞かれて、いや違う。と断言できる訳でもないが……


兎に角今となっては、その彼女との接点がほぼ無かったのが不幸中の幸いだったと思う。



 ある日、先輩の夢を視たんだ。

あぁ、そうだ。君達が勘付いている様に、それは最悪な未来。


--"予知夢"だ。


この『夢』が全ての始まりだった。全ての……


部活終わりの下校中、夕暮れ。

夏の、一際暑い西日が少しかげって来た頃だ。


そして帰路の端に在る雑木林の近くに1人の男。上下灰色のスウェット、挙動不審であからさまに危険。恐怖すら覚える程に。


先輩は横を通って早々に立ち去ろうとする。しかし、その後ろから男が近付きズボンのポケットにしのばせていた飛び出しナイフを先輩の首に切り付け……


僕はこの時、未来視をまだ"未来視"だと断定出来ずにいたため、まだ『最悪な夢』程度の認識でとどまっていた。


--『全くもって愚鈍な男だ。』


だが翌朝、学校から連絡が入り母が対応している中、僕がテレビをけるとあの頃起きた、未来が現実になっていたんだ。


『今日、未明みめいに道端の排水路にて女子高生と思われる遺体が……身元はいまだ断定されておらず。服装からは……』


近所だ。そして、場所はあの夢と同じ"通り"。

被害者は女性。犯人は逃走中。その瞬間にわかった。


--「あぁ、未来さいあくだ。」


途端に気持ちが悪くなる。

これは‥‥現実を観たからか? 先輩が死んだから? 殺人犯を見たから? いや違う。

『怠けていた自分に対してだ。』


反吐が出る。僕は……僕はあの時、一体何をしていたのだ!!


彼女が『最悪』を味わっている時、僕は何をしていた?!


犯人が彼女を殺した時、僕は何をしていた?!


拭えない苛責、羞恥、贖罪、恐怖--


『最悪な未来が視える。』


僕は直ぐに家を飛び出した。身体が勝手に動いたんだ。動かずにはいられなかったのだ。


責任感?復讐?罪悪感?それとも‥‥いいや、どれも関係ない。理由など要らない。


僕には視えたのだから。


あの瞬間、犯人の顔、動き、服装、喋り方、髪型、ひげまで、何もかも全て……『全て』が。


そして『犯人の思考』や『動向』までもが。

犯人は警察の包囲網をかいくぐり、最寄り駅とは反対の隣町の駅へ向かう筈だ。


「きっと、原付バイクを飛ばせば!」


最悪だ。人としても、男としても。


僕は、異能の中で殺した人より多く。自分自身を飼い殺していたのかもしれない。


『もう二度と過ちは犯さない。もう二度と、"最悪な未来"から目を逸らさない。もう二度と"誰も死なせはしない"』


そう心に、に固く誓った。

脳裏に刻み、心臓を賭け、魂を差し出して。


--バッドエンドは一度だけで充分だ。

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