海辺

QUKRI

海辺

私は海が好きだ。でも、泳げないのでいつもこうやって浜辺を歩いている。私は浜辺が好きだ。海に入らなくても、浜辺を歩いているだけでいろいろなものが見つかるから楽しい。


例えば、貝殻。

言葉にできないほど綺麗で美しいものから、思わず笑ってしまうような変な形のものまでさまざまだ。その中でも一つだけ、大切に持っているものがある。よく一緒に浜辺に来た彼が、私にくれた唯一の贈り物だった。檜扇貝というらしく、よくある貝殻に水彩絵の具を塗ったような、まるで作り物のようにきれいな貝殻。彼の瞳の色と同じ、鮮やかな赤い色。私の唯一の宝物。


例えば、漂着物。

流れ着いてくるものの中で、一番多かったのはごみかもしれない。ペットボトルやビリビリに破れたビニール。そんなものばかりだった。そんななかで一番驚いたのは、小瓶に入った手紙だった。どこかのドラマか映画でしか見たことのなかった、とてもロマンチックな小瓶。水を吸って抜けにくくなってしまったコルク栓を彼に開けてもらって、中の手紙を一緒に開いた。すると、そこにはどこの国のものかわからない文字が綺麗に並べられていて、きっと素敵な人が簡単だろうな、とちょっぴりロマンチックな気分になった。しかし、内容はまったく解らなかったので、仕方なくコルク栓を閉めなおしてもらい、海にもう一度流してもらうことにした。今度こそ、本当に届くべき人にちゃんと届くことを願って。


例えば、海藻。

昆布とか若芽とか、そういうようなものがよくうちあげられていたりする。私はそれをおいしそうだな、と眺めていたりする。そうしていると、入院する前に、朝ご飯で海藻ばかり出ていたのを思い出す。うちの家族は彼を好いていたので、一緒にご飯を食べることが何度もあった。そのときは、ご飯がより一層おいしくなった気がした。


例えば、彼の髪の毛。

ある日、いつものように海辺を散策していると、彼は私にそっと、驚かないでね、と言い、自分の頭に手を持って行った。潮風に揺れる髪の毛をひしと掴むと、一気に引きずりおろす。すると、夏の大きくなった太陽に頭頂部が輝きを放つ。その瞬間、私は言葉こそ出なかったものの、彼の恐ろしいほど綺麗に輝く頭部にただただ惹かれるばかりだった。驚きなんてしないよ、だって、とっても綺麗なんだもの。私がそう言うと彼は、太陽のような飛び切りの笑顔を見せてくれた。その日から彼の髪の毛はなくなった。


例えば、耳の片方ない彼女の抜け殻。

いまはもう事故で潰れてしまったけれど、老朽化しきって潰れる前から潰れそうだった木の小屋があった。歩き疲れると私たちはよくそこで、病院から持ってきたお菓子をよくそこで食べた。ある日、よろよろと私たちを訪れたのが、耳の片方ない彼女だった。彼女の話す言葉は私たちには解らなかったが、ビスケットを砕いたかけらをあげると、うれしそうに、にゃー、と言ったので、喜んでいると私たちは解釈していた。彼女の抜け殻があるということは、私たちがあげるもの以外に食べるものがなかったのか。私たちがいなくなって、抜け殻になってしまったのか。そう思うと、胸が苦しくなる。



そして、崩れた木の小屋と、バラバラに砕け散った私の車椅子。

いつものように、彼に私の車椅子を押してもらいながら、海辺を進んでいた。彼は、戻らなくてはいけない時間になっていたのに、まだ戻らなくていいと言ったので私は心配しながらその言葉に従った。しばらく、穏やかな浜風を感じながら進んでいると、突然後ろから呻き声が聞こえた。と思うと声をかける暇もなく車椅子が彼の腕から放たれ、後ろで頽れる音が聞こえて程なくしてから私の視界は完全に暗転した。


気が付くと私は歩けるようになっていて、その時初めて彼と肩を並べて歩いた。車椅子に座っていなくても、彼よりも身長が低く少しがっかりしたが、彼といる時間がこうやって続くのが何よりも楽しい。


私は海が好きだ。彼といる時間が好きだ。彼が好きだ。こうして海辺を歩いているとそんな気持ちが見つかった。

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