『三題話4:スサノオ老人譚』 お題:洲、爺、小太刀
スサノオ王は王である。
王であるからには率いている民がいる。
その民はいま、悲嘆を訴えていた。
八岐大蛇。
かつて自らが退治した怪物。
今も御殿に飾っている剣は怪物の残した尾から得た剣である。
しかし、かの怪物を甘く見ていたようだ。完全に死んだと思っていたが残っていた一尾から復活したようだった。
スサノオ王は立ち上がり、その王剣を手に取った。
重い。
スサノオ王は愕然とした。
かつては小枝のように感じていた剣がこれほど重いとは。
自身の老いを実感しながら、スサノオ王は剣をとるのをあきらめ、御殿を出る。
自らの領地を見て歩く。
壁は砕かれ、家は薙ぎ払われ、田は荒らされていた。
怪物が引き起こした猛威にぶるりと、一つ、スサノオ王は身震いする。
かつての勇猛さはどこへ行ってしまったのか、昔の自分が見れば、憤りを覚え、奮い立っていたところであろうに、今は縮れこまってしまい、恐怖しか感じない。
「王」
「王よ」
「スサノオ王、お助け下さい!」
住処を破壊された民が、スサノオ王の姿を見るや否や縋り寄ってくる。
来ている衣は土に汚れ、食べるものも満足に取れないためか悲惨にも痩せこけていた。
ああ、このような民の憐れな姿を見てすら、かつての闘志を思い出すことはできない。
それがスサノオ王の胸中に重い影を落とした。
しかし。
しかしだ。今は彼は王なのだ。
彼の身は一つではない。彼ら民に支えられ、彼ら民を導かなければならない。
故に、スサノオ王は背筋を伸ばすと。
「短刀を用意せよ。儂に策がある」
八岐大蛇は八つの頭でほくそ笑んだ。
目の前には八つの樽。
かつてと同じ光景である。
かつて卑劣なだまし討ちをされた時、あの忌々しきスサノオめは八つの樽を用意し、自らが酒に酔ったところをだまし討ちした。
それとまったく同じ光景を見て八岐大蛇はスサノオ王が万策尽きたことを悟る。
愚かなりスサノオ王。
かつてと同じ策が通じるかと思ったのか。もはやかつてと同じ策に頼るしかないゆえの苦し紛れにすぎないのであろう。
ならば、かつてと同じくスサノオはどこかに隠れてだまし討ちの機会を狙っているに違いない。それをねじ伏せ、勝利の美酒としてかっくらってやろうではないか、と八つの頭で周囲を探る八岐大蛇。
その瞬間だった。
酒樽から跳躍する一つの影。
白い髭をたくわえ、見る影もなく老いたスサノオであった。
彼は跳躍一閃、持っていた短刀で八岐大蛇の首を一つ斬り捨てる。
「かつてと同じ策に頼ると思うてか!」
「貴様ァ!!」
しかし、敵もさるもの。
すぐに体制を立て直すと、残った七つの頭で反撃を繰り出す。
それからはまるで物語の戦いのようであった。
スサノオの攻撃が八岐大蛇の堅固な鱗を切り捨てると、八岐大蛇はすぐさま反撃に出てスサノオを打ち付ける。
一進一退。
山が砕け、洲はつぶれ、川が新たにできあがるほどの壮絶な死闘。
しかし、老いはやはりかつての英雄を老人へと変えた。
徐々にスサノオが押され出し、ついにはその場から立ち去ってしまった。
相応に披露した、しかし、まだ戦える八岐大蛇は嘲笑を浴びせる。
「憐れなりスサノオ! かつての勇猛さはどこへ行った!」
その背を追って巨体をくねらせ追い始める。
逃がすつもりはなかった。
スサノオも健脚であったが、すでに老いた身。
息が上がり、足が震えながらも、八岐大蛇から少しでも身を放さんと懸命に掛ける。
しかし、ついには限界の時が来た。
周囲から大きく窪んだ隘路。
険しく狭い地に八岐大蛇はスサノオを追い込んだのである。
「命運尽きたな。さぁ、かつての決着をつけようじゃないか」
「かつての戦士であったときならば、これで決着であっただろう」
八岐大蛇が眉を顰める。
老いてすでに戦う力もなく追い詰められたはずの老人からは闘志が消えていなかった。
「しかし、今は王だ。王なのだ儂は」
そして、腕が振り下ろされた。
八岐大蛇は気づいた。
いつの間にか周囲には鎧を着こんだ民衆がたっており、各々が槍や弓矢を持ち、自らを取り囲んでいることに。
「貴様、計ったな―――ッ」
「撃てぇ――!!」
矢が、槍が、まるで雨の如く降り注ぐ。
もし開けた地であったならば、身を振るい、打ち払うことができたかもしれない。
しかし、今は険しい崖に囲まれた隘路である。
巨躯であることが災いし、八岐大蛇は細かな動きをとることができない。
「おのれぇぇぇ!!」
怪物の断末魔の声が上がる。
「言ったであろう、今の儂は王なのだと」
そして、民衆が王をたたえる声と共に怪物は倒れるのだった。
三題話集 結晶蜘蛛 @crystal000
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