FileNo.3 ロスト-16

 あたしはぺたぺたと自分の頬や腕を触った。髪を触った。……間違いない。先程まで目の前にあり、ずっとあたしと共にあったモノ。……ここは、あたしの体だ。


「もとにもどった……?」


「その通りだとも。いやー悪いなうーちゃん。お呼び立てしちゃって」


 戸惑うあたしに、どこか懐かしい軽い声が耳に届く。見ると、前の雷瑚先生が、呑気に伸びなどしていた。


「助かったよ。あの中、思ってた以上に狭苦しくってさ」


「そりゃあ、ホテルや休憩所代わりにはならないでしょう」


「あの……坂田先生? 今、何を?」


 尋ねると、坂田先生はにっこりと笑った。……今度は眼も笑っている。どうやら、いつもの坂田先生に戻ったようだ。


「大したことじゃないわ。ただ、あなたの精神を摘まんで、あなたの体に放り込んだ。しょーちゃんの精神も絵の中から摘まみあげて、元の体に収めた」


「よく分からんだろー。うーちゃんはすげえんだぞ? トングみたいに他人の精神掴めるからな」


 雷瑚先生はそう言って、あっはっは、と呑気に笑う。そのあっけらかんとした様に、あたしもまた、小さく笑った。さっきまで絵の中に閉じ込められてた人の様子とは思えないが、とにかく……そう、とにかくだ。


「なんやかんやあったが、一件落着だな。それと、栄絵。ごめんな、事故から守ってやれなくて」


「あ、いえ、そんな。雷瑚先生のせいじゃないですし、先生が謝る必要なんて――」


「しょーちゃんのせいじゃなければ」


 ふと、静かな声があたしの声に被さった。見ると、坂田先生が腕を組み、何か考え込むように往来を見回している。既に異常事態のお蔭で人々は軒並み逃げ出しており、横断歩道には無数のガラス片と、乗り捨てられた乗用車やトラックが鎮座しているのみだ。


「一体、誰のせいなのかしら」


「ん? どういうことだ?」


「どうも腑に落ちないの。さっき成仏した人も東さんも、大型トラックに撥ねられて、結果として地縛霊・浮遊霊化した。でも、事故に遭ったからって、そうポンポン霊体になんてならないじゃない」


 ああ、と、雷瑚先生が頭をボリボリと掻いた。そうなんですか、と尋ねると、そりゃそうよ、と坂田先生は応える。


「よっぽどの心残りでもないと、霊体になんてならないわ。だって、事故に遭った人が全員イチイチ霊体化してたら、コンビニより霊の方が多いなんてことになっちゃうじゃない。にもかかわらず、この近くで事故に遭った二人ともが霊体化した。そんなことが起きるとすれば」


「起きるとすれば?」


 欠伸をして、雷瑚先生が先を促した、丁度その時。――地の底から響くような、地鳴りのような重く低いエンジン音が、横断歩道にこだました。


「起きるとすれば。悪意を以てとした者がいた場合、かしら」

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