FileNo.3 ロスト-17

 告げた刹那、二人の教師は一斉に行動を起こした。坂田先生は左へ、雷瑚先生は――瞬く間にあたしを抱え上げて右へ、それぞれ跳び退く。一拍遅れて、あたしたちが居た場所を、一台のトラックが蹂躙した。


「ええ!?」


 見覚えがあった。先程まで信号機の前で止まっていた、真っ白な大型トラック。突如猛スピードで突っ込んできたそれは、二人の教師に躱された後、横断歩道を斜めに突っ切った上、停まっていた対向車を跳ね飛ばしながら、耳が痛くなるほどの排気音を獣の咆哮が如く上げつつ、二車線道路にブレーキ痕を刻みながらUターンしている。こっちに……戻ってくるつもりだ!


「成る程な。七人ミサキみたいなもんか」


「なに!? ミサキ!?」


「七人ミサキ。平たく言うと、憑き殺した相手を自分たちの仲間に加えようとする、タチの悪い悪霊集団のことさ」


「でも、まだ悪霊としては成熟しきってないみたい。運転も荒いし、さっき成仏した人も東さんも、結局連れていけてないもの」


 軽やかに着地した雷瑚先生と坂田先生は、解説しながら再度横断歩道の中央に集まった。雷瑚先生はあたしを下ろし、坂田先生はそれを受け取るようにあたしの手を引く。


「お願いできる? もう無茶苦茶疲れてる感じだけど」


「ああいう強引な手合いはあたしの領分だよ、うーちゃん。ま、相手もさっきの騒動を見て、ここであたしらを始末したいようだし……最後にもうひと頑張りしてやるさ」


 そう言って、雷瑚先生は排気音の響く最中、テクテクと車道に向かっていく。その眼差しの先には、丁度Uターンが終わり、再度の猛進を仕掛けようとする、大型トラックが居る。


 あたしは見た。その大型トラックの運転席に、『誰も』乗っていないことを。


「雷瑚先生! 逃げないと!」


「ジョーダン言うな、栄絵。次の犠牲者を出さんためにも、あのトラック野郎はここで地獄に送る。っつーわけで」


 雷瑚先生は大きく息を吐いて、ぐるぐると片腕を回した。それから、鋭く前方に右腕を突き出す。


 その右手には。


「……お守り?」


 酷く薄汚れている。先程の真っ黒な絵の切れ端にも似た、異様な寒気が迸っている。そんなお守りを剣の柄のように持つ雷瑚先生の瞳は、強く強く、深く青く輝いていた。


「聞こえんだろうが一応言っておくぜ、トラック野郎。人を呪わば――」


 雷瑚先生がそう告げた途端、向かってくるトラックの排気音が一際強くなった。速度も増している。轢き潰すつもりだ。一切の慈悲も、容赦もなく。


 冷たい――凍えるような風が、横断歩道に吹き荒れる。


「――覚悟は出来てるな?」


 向かってくる、十数トン以上もの鉄の巨躯。それが、雄叫びのようなエンジン音と共に、雷瑚先生の華奢な体躯にぶち当たる。


 その、直前。――そう、その直前の光景を、あたしは一生、忘れることは無いだろう。


 先生は、笑った。不敵に、声も出さず。そして、振りかざした。掴んだ邪悪なお守りを。


 刹那。


 青白い稲光が、爆音と共に、凍える風ごと、猛襲の大型トラックを真っ二つに縦に斬り裂いた。


 衝撃で浮き上がり、砕けていく大型トラック。アーケード商店街の看板近くまで跳び上がった巨大な鉄塊に、稲光を振り下ろしきった雷瑚先生が、後ろ手に複数のお守りを投げつける。それから先生は、ぐっと、両手を握りしめた。


「じゃあな」


 呟きが聞こえた。投げつけたお守りから青白い閃光が迸り、連鎖的に爆裂していく。それらは花火よりも地響きよりも巨大な爆音を伴い、大型トラックへ連なって、やがて殺意の鉄塊は、青白い稲光の中で爆発四散した。


 後に残ったのは。


「往生しろよ」


 白衣を爆風でバタバタとはためかせ、静かに告げる雷瑚先生のみ。その掌の中のお守りは……焼け焦げて、ボロボロと朽ちていった。


 ……あたしは無言で、ぺたんと、その場にへたり込んだ。


「お疲れ様」


 隣で、柔らかく、坂田先生が言う。雷瑚先生がこちらを見た。それから、二ッ、と笑う。


「おう、これでホントに一件落着だ。……ところで、うーちゃん」


「なあに? しょーちゃん」


「ごめんもうムリだーあーくっそマジ疲れたー! ムリ! もう一歩も動けん!」


 雷瑚先生はそう言って、横断歩道にべたんと倒れ込む。彼女はそれから、やれ眠いよだとかやれ連れて帰ってくれだとかやれ焼き肉奢れだとか今度のガチャ引いていいかだとか、無茶苦茶なことを喚いた。そんな情けない姿を見つめているのに――何故だろう。


 警察が来て、事態が収拾していく最中でも、あたしはじっと、雷瑚先生を見つめていた。

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