FileNo.2 ライフ - 05
● ● ●
静寂と夜が周囲に満ちてからも、彼女は暫く、桜の木の下から動かなかった。さっさと周囲にばら撒いておいた古いお守りを回収して戻らなければ……そう考えてはいるのだが、何せ全身が気怠い。大量の強大なお守りを、余すところなく盛大に使ったせいだろう。要は、疲れ果てているのだ、と、彼女は考えていた。
孤独を破ったのは、ポケットに突っこんであった、携帯電話の振動だった。
「大丈夫? 怪我は?」
「あー、うーちゃんか。お疲れ」
親友の声が電話越しに届いて、彼女はその場にぺたんと座り込んだ。張りつめていた空気が、一気に弛緩していくようだ。
「お疲れ、じゃないわ、もう。全然出ないから、殺されたのかと心配したのよ」
「ん? あー、電話くれてたのか。ごめん、全然気付いてなかった」
「予想通り、かなり手強い相手だったのね」
「ああ。強い女だった」
消える直前の、あの微笑みを思い出す。きっと、彼女は悟っていたのだろう。あの至近距離、あの体勢では、自分は勝てないということを。それでも、降伏しなかった。最期の最期まで、自分と夫の場所を護ろうとした。
「やっぱり、私が行った方が良かったんじゃ」
「いや。あたしで十分さ」
「戦力的な話じゃなくて……ううん、やめておくわ。とにかく、休んだら帰ってきて」
「うーい」
髪をぼりぼり掻いて、空を見上げる。そう言えば、と今更ながら思い出す。この場所、これからどうなるんだっけ。土地開発がこの区画だけ手つかずだと聞いていたから、舗装されて住宅街か何かに変わっていくのかも知れない。もう夕陽は見えないが、代わりに美しい月が良く見え――。
「しょーちゃんは悪くないからね」
――不意に放たれた言葉に、彼女は何も言えなかった。それじゃあ、と、相手は返事を待たずして通話を切る。
風が吹いた。温かな、草原を撫でる風が。
「悪くない、なー……」
電話をポケットに入れ、また髪を掻く。そうして、いつか崩れ去るであろう、桜と草原と風と月の世界を眺めながら。
彼女はまた、一人、呟いた。
「それでもやっぱ、覚悟するのは疲れるもんだ」
【ライフ 完】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます