FileNo.1 ブラック - 07
● ● ●
いつの間にか僕も眠っていたらしい。肩を
「
「思ってた以上に早いな」
開いた車のドアに手を掛けて、彼女は一言そう告げた。その言葉に、どこか
「歩けそうか?」
やってみます、と僕は答えた。正直に白状すると、この時、妙に冷静に回答できた自分を、僕は
『壁』は今や、僕の体にぴったりとくっついていた。眠る前は間違いなく、僕から一メートルの距離を保っていた筈の『壁』。ここに至るまでの接近速度を考えると、この状態に至るには、まだ数日の
なのに、まるでキャッチャーミットのように、『壁』は僕の胴体にぴたりと貼りついている。
「お二人は」
「何だ?」
「見えるんですか? 僕の『壁』が」
「いや、見えん。ただ呪いの匂いがきつくなったのは分かる」
何とか車の中から
「ま、モノは考えようだ。この場に近づくにつれ呪力が強まったってことは、
「俺の想定だ」
「細けーよボス。気にしすぎはハゲの元だぞ」
「俺はハゲん」
見事なスキンヘッドを
「あの、ここは……」
「言ったろ? お前ん家から二時間以上車を走らせたド田舎にある炭鉱跡だ。……あーほら見ろ、電波一本も立ってねえや。これじゃイベント周回も出来やしねえ。さっさと終わらせねーとな、こんな仕事」
自身のスマートフォンを見て悪態をつくと、彼女はそう言って一つ息を吐いた。吐いた息が
「よし、行くぞ」
ぽんぽんと肩を叩く
「お前、『ノスフェラトゥ』っていう映画知ってるか?」
必死に歩く僕に対して、ふと、雷瑚さんはそんなことを言った。思わず尋ね返す僕に、彼女はすらすらと言葉を続ける。すたすたと、僕のことなどお構いなしに、砂利だらけの山を歩きながら。
「古いドラキュラ映画さ。ドラキュラ、分かるだろ? 女の血を吸うドスケベ野郎。で、十字架と聖水に弱い」
「はぁ。あの……」
「あの映画でドラキュラを倒すのはな、エクソシストでも超能力者でもねーんだ。
「二つ、ですか?」
僕は雷瑚さんについていこうと必死に足を動かす。足元に目を移して、少しでも多く前へ進もうとする。
「ああ、二つ。まず、
「はぁ」
「ホラ、もうちょっとだ頑張れ。標高百二十メートルの空気はうまいぞ。多分」
どうやら現在地の標高は百二十メートルらしい。空気の味がうまいかどうかなどは分からない。そんなことより――僕は気になって仕方が無かった。前方、足を止めた『ボス』の
「この崖の下に、炭鉱跡に入る横穴がある。立ち入り禁止だけどな」
「崖下までは約百二十メートル」
「ボス、それさっきあたしが言った」
「俺のアイデアだぞ」
「
「えっと、ここで何を――」
「さっきの話の続きだ。もう一つ。『ノスフェラトゥ』から学ぶべきことは、もう一つある。分かるか?」
分かるか、と言われても――そう答えようとした次の瞬間だった。僕は。
「化け物を倒すには、命を
とん、と背中を押された。
結果。
僕は
僕は死ぬ。
ここで死ぬ。
圧し潰されて――。
『お前多分、一族全体で呪われてる』
――僕の先祖は、一体何をしたのだろう。
真っ逆さまに宙を
まさにその瞬間だった。
僕は体を
僕は目を見開いた。
宙を落ちる僕の体。それを
無数の手が、手が、手が伸びて、僕の足を、腕を、指を、頭を、掴んでいたから。
それらは『壁』と同じ色をしていた。真っ黒で、酷く嫌な色。いや、黒というより、泥や
「たっ」
――引き千切られて殺されるのだ!
「たすけ」
「そりゃまぁ、『自分で殺したい』って思うよな」
――不意に、風の中、笑い声が耳に届いた。
「最後の標的が、よりによって自分の目の前で死にかけてんだからよ」
僕は見た。
地獄のような痛みの中で。
無数の憎悪に体を千切られる最中で。
宙で。
落ちる僕の直上で。
「見えたぜ、
彼女――雷瑚と名乗った除霊師が、笑い、大きく腕を振り被る様を。
『――不死身に近い化け物だろうと、エサを目の前にチラつかせれば隙を見せる――』
「人を呪わば――覚悟は出来てるな?」
彼女は不敵に笑っていた。百二十メートルの高さから落下しながら、そう笑った。僕は混乱していた。どうしてこの人も落ちてる? 僕を突き落とした後、自分も飛び出した? どうして? そんなことをしたら、自分まで――。
『化け物を倒すには、命を懸ける覚悟が要る』
「ま、出来てなかろうと――!」
朝陽が
それらは彼女を『敵』と
だが。
「これで――!」
それは少しばかり、遅かった。
「
彼女は叫んだ。そして雄叫びと共に、その紫光輝く右腕を強く振り下ろした。
閃光が宙で弾けた。僕の
天地がひっくり返ったような衝撃が、僕の体躯を貫いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます