FileNo.1 ブラック - 05

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《清水剛の携帯で間違いねーか?》




 気怠けだるそうな声だな、というのが第一印象だった。疲れて下宿先に戻って、すぐ目の前に浮かぶ『壁』の圧迫感あっぱくかんのせいでまともに眠れない中、それでもうとうとし始めた矢先のことだ。枕元に置いていたスマートフォンが振動して、僕は心底うんざりしながら通話アイコンをタップした。




 非通知電話だった。




《おーい起きてっかー? まぁ夜中の二時だからなぁ、仕方ねーだろうけど》




「……どちら様ですか?」




じきに分かるさ。それより『壁』は今、お前から見て何メートル先にある?》




 僕はがばりと上体を起こした。そしてもう一度尋ねる。誰なんですか?




《だからすぐ分かるっつーの。それより今は状況の確認だ。助かりたいだろ?》




「助け……助けてくれるんですか!?」




 電話を耳に当てながら、僕はぐるぐると部屋の中をせわしなく歩いた。冷静に考えれば深夜にこんな電話が掛かってくるなんて怪しいことこの上無いだろうが、そんなことはもう二の次だった。




「助けてください! これ、きっともうあと明日か明後日には僕を――」




《おーちーつーけ。あたしらもベストは尽くす。いま言えるのはそれくらいだ。




 で、その言い方だと、方々を走りまわってた頃よりも『壁』は迫ってるんだな?》




「はい。はい! 今は……僕から一メートルくらいのところにあります」




 どうやら相手は若い女性らしい。口調は乱雑だが、僕にはそれが逆にしっくりと来た。何というか……『れている』ように聞こえたからだ。こういった事象に。




《一メートルか。ビミョーなラインだな。ちなみに、その『壁』に触れたことは?》




「ありません。というより、届かないから触れないんです。僕に合わせて動くから」




《でも一メートルだろ? お前ん家、かさか何かねーの?》




 ……傘。




 僕は玄関に向かい、いつも立てかけてある――ちなみに僕の家に傘立てなんていう上等なものは無い――ビニール傘を手に取った。それから傘の先端を持って、ゆっくりと柄の部分を『壁』に押し当ててみる。




 ……硬い感触が返ってくる。『壁』は押してもびくともしない。強く振り下ろしてみると、ごん、という重い音がした。




「傘で叩いても……びくともしません」




《へえ。じゃあ……そうだな。『壁』に向かって物を投げたらどうなる?》




 何をさせたいのか――それを気にする程の余裕よゆうは僕には無かった。僕は極めて従順に、電話の声の導くまま、手にした傘を『壁』へと放ってみる。




 傘はするりと『壁』をすり抜けて、家の床でかわいた音を立てた。




《つまりこういうワケだ。お前の体の一部とみなされるものは『壁』に触れられる。それ以外の物体は『壁』に触れることが出来ない》




 僕の試行結果を聞いて、電話相手は気怠そうに言った。そして、続けて告げる。重大発言を。




《逆に言うと、そいつのターゲットはマジにお前だけってワケだ》




「ターゲット……ターゲットってど、どういう意味ですか」




《これまで殺されかねないような恨みを買った覚えは? あ、お前自身が誰かを呪った経験でもいいけど》




「ありませんよそんなもの!」




《わーったわーった、そうな。あ、最後に一つ。




 それ、お前から見てどう思う?》




 それは、これまでのどの質問よりも曖昧あいまいな表現だったように思う。だけど……不思議なことに、僕はその質問こそが、これまでのどの質問よりも核心に迫った、本質的なものであるように思えた。




「……すごく」




 だから。




「すごく、嫌な感じがします」




 僕は率直に――浮かんだままの言葉を返した。




《そうか》




 少し間をおいて、電話の相手はそう呟くように返した。その、少し後だった。




 部屋の扉を叩く音がして、僕が跳び上がらんばかりに驚いたのは。




「あ、あの、ちょっと待っててください。誰か来たみたいで」




《だろうな》




「え?」




《ほら、早く開けてくれ》




 ……もしかして。




 僕は恐る恐る、電話を片手に玄関のかぎを外し、ゆっくりと開いた。




 彼女は白衣を着ていた。掌がかくれる程に袖の長い、白衣。足元は素足にサンダル、白衣の下はホットパンツにノースリーブのシャツと、実にラフな服装をしている。そして。




「夜分に悪ぃな、剛。だが悠長ゆうちょうにしてる余裕は無さそうだ」




 耳に当てていたスマートフォンを白衣のポケットに突っ込んで、深夜の来客――腰まで届いている長く美しい金色の髪が、どこかひどく野暮ったいその女性は、僕にニッと笑いかけた。




「んじゃあ、改めて。あたしの名前は雷瑚晶穂らいこしょうほ。除霊師、退魔師、エクソシスト、ゴーストバスターズ、寺生まれ――まぁ好きなように呼んでくれ」




「……あの」




「何だ?」




「寺生まれは何か違うんじゃないですか?」




 雰囲気に飲まれつつ、しかし唯一の抵抗とばかり、僕はそんな下らないことを言った。




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