FileNo.1 ブラック - 04

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 僕が『壁』の正体をつかむべく色々と調べ回ったその経緯を、一から十までつまびらかに話すことはしない。結局のところ、僕が『壁』について分かったことなど何も無かったに等しいのだ。だから結論だけ述べよう。




 『壁』は僕以外の人間には見えなかった。




 『壁』は僕の前方だけでなく後方にも存在した。




 そしてそれら『壁』は、必ず僕と一定の距離を保ち続けた。




 たとえるならば、それらは月のようなものだ。宇宙空間を移動する地球と一定の距離を保って、常に付いて回る月。僕が一歩前に出れば『壁』も歩数分前に。後ろに下がればそれに応じて。僕が『壁』を追いかけても辿り着けないのは、この特性の為らしい。




 一定の距離――それは遮蔽物しゃへいぶつが有ろうとなかろうと変わらなかった。視界をさえぎる物があれば僕にも見えないし、開けた場所に出れば真っ黒な『壁』はしっかり見える。『壁』が前方だけでなく僕の後方にも存在することは、鏡を使って確認した。それら『壁』が幽霊のように実体の無いモノであり、人も物体もすり抜けることは、大学での出来事で述べた通りだ。




 そして同じく既に述べた通り――それらは少しずつ、僕に迫っていた。




 一度、叫び声をあげかけたことがある。下宿先の安アパートの煎餅せんべい布団に寝転がったときのことだ。




 天井に、『壁』が見えた。




 考えれば当然だ。『壁』は必ず僕の前方に存在する。僕が寝転べば、前に見えるのは天井だ。順調に迫れば、いずれ僕と『壁』の相対距離は、僕と天井の距離よりも縮まる。だから、寝転べば天井では無く『壁』が見える。その頃には『壁』はもう僕から数メートル先にまで迫っていて、高さ・幅共に一メートル二十センチ程の正方形の漆黒しっこくが、ほぼいつでも目につくようになっていたのだが、ここに来て僕はようやく意識せざるを得なくなった。








 ――このまま『壁』が迫ってきたら、僕はどうなる?








 他人には見えない『壁』。しかし、それらは僕には見える。




 他人にはすり抜けられる『壁』。……僕にとっては、どうだ?




 僕は最悪の結末を想定した。だから何とかして悲鳴をし殺し、天井よりくっきりと浮き出た『壁』を気にしない様にして眠った次の朝から、僕は大学もバイトも休んで奔走ほんそうした。どこへ? 決まってる。『壁』がまともな存在じゃないのは明らかだ。なら、まともじゃない世界に助けを求める他に無い。




 僕は近所の神社に無理を承知で頼み込んだ。或いは電車を乗り継いで見つけた教会に。数日後には如何いかにも怪しげな霊能力者と呼ばれる人間の家に辿り着いたが、そこでは除霊料として法外な値段を請求せいきゅうされ、僕は引き下がるしか無かった。両親は僕の幼い頃に他界していて、僕は母方の親戚しんせきの家で育ててもらった。大学にまで進学させてもらっているのだ。これ以上の迷惑を掛けるわけにはいかない。




 しかし――では、どうすればいいのだろう?




 ダメもとで病院にも行った。奇妙な幻覚が見える、と言って。しかし検査結果は問題なし。僕の健康状態は至って良好だった。脳に異常がないかも調べてもらおうとしたが、精密検査には予約等々で三週間ほどかかるとのことだった。恐らく、そんな猶予ゆうよは無い。その頃には、『壁』は僕の約二メートル先にまで迫っていたのだから。幸いにも『壁』は視界を完全におおう程の大きさでは無かったものの、既に前方に注意しながら歩かなければならない状態にまでおちいっている。




 正確な刻限は分からない。




 でもきっと、僕が前方と後方の『壁』につぶされるまで、もうあと数日しかない。




 でも――そう、疑問はこうしてぐるぐると回る。








 ――じゃあ、どうすればいいんだ。








 そんな圧迫感と閉塞感へいそくかんさいなまれ、いよいよ心が参ってきた時だった。




 あの電話が掛かってきたのは。








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