FileNo.1 ブラック - 03

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 その日の僕は、大学の正門からキャンパスへ通ずる小奇麗こぎれい石畳いしだたみの坂道を進んでいた。そこでふと、自身の前方二十メートル程先に、あのどす黒い存在が浮かんでいることに気付いたのだ。




 そして、それが初めて『壁』の異常性に気付いた時だった。




 その時の僕は独りだった。授業が二限目からだったから、少し遅めの――友人とずれた時間帯でキャンパスに着いたのだ。だから誰かとその『壁』について話し合えたわけでは無い。ただ、その必要も無い程にそれは分かりやすく奇妙で、異様だった。




 僕はぽかんと口を開けて、前方のその光景を見つめていた。大勢の学生が坂道を歩いていた。ケラケラと友人同士で笑い合いながら、或いはスマートフォン片手に一人で黙々と。僕はその中で一人立ち止まっていたから、恐らくは複数名に変な奴と思われたに違いない。アホ面以外の何者でも無かったとも思う。だけど仕方ないじゃないか、とも思う。




 何せ、僕の前方の黒い『壁』を学生たちは平然といくのだから。




 不可思議な光景だった。僕の正面前方、地上三十センチほどのところで浮いている真っ黒な『壁』。学生たちは次々とその黒い壁に直進していく。だがその誰もが『壁』にぶつかることはなく、まるでそこには何も無いかのようにするりと黒い壁を突っ切り、そのままキャンパスへと進んでいくのだ。僕はARゲームを頭に浮かべていた。カメラ越しに、自分の机の上にゲーム・キャラクターが表示されるけれども、実際に手を伸ばしたところで触れることは叶わない。そりゃあそうだ。何せ実際には『存在しない』ものなのだから。




 だけど、僕の眼はカメラでは無い。学生たちがするすると黒い壁をすり抜けていくと言うことは、確かにあそこには何も無いのだろう。だがならば何故、僕にあの『壁』が見える?




 僕は真相を確かめるべく『壁』に近づこうとした。だが近づこうと歩いても、走っても、『壁』には辿り着けなかった。逃げ水のように、それはずっと僕の前方約二十メートルのところで浮かび続けていて、その相対距離が縮まることは無かった。




 ……いや、縮まることが無かった、というと語弊ごへいがある。何せ。




 毎日少しずつ、『壁』は僕に近づいていたのだから。






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