FileNo.1 ブラック - 02

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 その『壁』を初めて見た時、僕は目を細めて前方を見つめていた。




 繁華街はんかがいでの話だ。その時の僕は、四車線道路にまたがる斜め横断可能な交差点を、友人と共にのんびり渡っていた。平日だったけどその日は大学もバイトも休みで、僕らは暇つぶしに買い物へ出かけていたのだ。休日となれば大勢の人でにぎわう場所だけれど、流石に平日の真昼間にまで人混みは出来ない。歩いているのはスーツ姿のサラリーマンや、小綺麗な格好をしたご婦人などが殆どだ。秋の空らしく天は高く、青空にはちらほらと白い雲が散らばっている程度で、丁度良い陽気だった。




 だから、だったのかもしれない。目視にして、およそ前方三十メートル先。僕がそこに、どうにも陽気にそぐわない、どす黒いものがあることに気付いたのは。




 それは真っ黒な四角い『板』に見えた。厚さは分からない。横断歩道の先、ビルとビルの間に伸びている道路の上に――僕の真正面前方に、それは奇異きいに、ぽつねんと浮かんでいた。




 何だろう、あれ。そんなことを友人に言った覚えがある。




 何が、と友人は怪訝けげんそうに僕を見返した。僕は目を細め、じっと前方を見つめてから、やはり答えが見つからず、その『板』を指さした。浮かんでいる――そんなことはありえない。看板か何かがアスファルトに溶け込むような色の脚で固定されているのだろう。それを『どす黒いもの』と認識しながらも、その時の僕は、そんな呑気のんきなことを考えていた。




 何を指さしてるんだ、と友人は言った。アレだよ、あの黒いの。点滅てんめつし始めた青信号にらされ、横断歩道を軽く走って、その中でも僕は、その真っ黒な何かに目をらした。……やはり分からない。というより。




 横断歩道を渡り切って、指さしていたビルとビルの間の道路の真ん中に立って、僕は腕を組んで考えた。




 無くなってしまった。




 確かにあの黒いものは、いま僕が立っている場所に在った。だが実際に来てみたらどうだ。そんなものは微塵みじんも見当たらない。周囲に在るのはビルとビルとアスファルトと人々と青空。黒は何処どこにもない。




 見間違えだったのだろうか。




 板と思っていたけれど、実は物凄く横に大きい人がただずんでいただけ、だったとか。……いやそれは無い。




 何だか知らないけど、行こうぜ。友人は怪訝けげんそうに言った。僕はどこかに落ちないものを感じながらその場を後にした。






 次に『壁』に気付いたのは、その十日ほど後だったと思う。

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