異世界転生一炊の夢
@niguruma_cod
第1話
声が聞こえた。泣き声だ。俺を父として、祖父として、そして師として慕ってくれた人たちが寄り添っている。
この世界では魔王が支配していた。俺はひょんなことから勇者としてこの世界にもう一度生を受けた。仲間と共に魔王と戦い、世界を救った。その後の人生は、仲間と共にこの世界を旅した。その世界の旅を通じて伴侶と出会い、家族を持った。
誰からも冷たくされ、浪費され、孤独だった『元の世界』とは大違いだった。自分自身が生きている実感が得られた。灰色だった世界が色彩を持った。
意識が遠のく。眠る時、目を閉じると世界は黒に閉ざされる。しかし今は違う。俺は温もりに包まれた。その中で俺の心は満たされた。後悔はない。命を終える時を静かに待つと、世界は真っ白になった。
天井に蛍光灯が二本並んで光っていた。
「目覚めましたか。」
長い白髭の老人が顔を覗かせた。”ろおう”である。
あの時、徹夜勤務から帰宅した俺は、疲れた体に鞭打って、電子レンジに買ってきたコンビニ弁当を入れた。時間を五分に設定し、あたため開始ボタンを押した瞬間に意識を失った。暗闇の中を彷徨っていた俺はそこで”ろおう”と名乗る老人に出会った。
その老人から、俺自身は過労で死んだことを告げられて、あの世界に連れていかれたことを思い出した。
「ここは…?」俺は”ろおう”に質問した。
「君の家です。君は疲労で寝ていただけです。」
「?。俺は過労で死んだはずじゃ。」
「あれは嘘です。」
「嘘?なんでそんなことを。」
老人は黙り込むと、それ以上しつこく聞いても、閉口したままであった。
ふと、俺は我に返った。
「そうだ、俺はどれくらい眠っていたんだ?」
「弁当が温まったところです。」老人は答えた。
部屋に惣菜の匂いが充満していた。
弁当が温まったところと言ったか?
つまり、五分間。五分しか経過していない。
五分?魔王との戦いや、世界を旅した時間が、家族や弟子たちと過ごした時間が。たったの五分?
理解できなかった。五分。俺が喜び、泣いたあの世界の時間は『元の世界の五分』でしかなかったのか。理解したくなかった。
「俺が過ごしてきた、あの世界は?」
「夢です。目が覚めたら夢は終わります。君は疲労で眠っていただけです。」
”ろおう”は続けて口を開いた。
「この世界においても、君はいつかは死にます。その時に、短い人生であったと噛み締めながら命を終えましょう。勇者や魔物、令嬢として成り上がったとしても、目上の人間に頭を下げて労働に従事する者であったとしても、やがて消える命であることに変わりはない。生きるとは、かくも儚いものだと思いませぬか。」
「…何が言いたい。」
「人生など、結局は儚いものであるから、執着する必要はないということですよ。」
「…ふざけんな。」
俺は吐き捨てた。
「あの世界の人生が儚かったわけがあるか。語り尽くせない程、濃密だったよ。魔王と戦った冒険も、世界を巡った旅も、家族との生活も、かけがえのない人生だった。俺が生きた軌跡だった。あの世界の俺のように、俺が生きたように、この世界でも、俺は俺が願うように生きて誇りを持って死んでやる。」
俺は刃を向けるように、老人に敵意を示した。皺に包まれ、長い白い髭に包まれた老人の眼をジロリと睨んだ。
「…そうですか。…これだから人というものは。」
”ろおう”は呟くと、苦虫を噛んだ顔をして消えた。
温まった弁当を、俺は動画を見ながらがっついた。
異世界転生一炊の夢 @niguruma_cod
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