第二章【修学旅行編】

25.復讐の芽

 1


 深夜、闇夜を割るように悲鳴が何度もこだまする。

 それは女子供の物なのか、男の物なのかも区別がつかない。

 はっきりしているのは、その村には火の手が上がり、そして救いようがないところまで燃え広がっていることだけだった。

 多くの家がすでに焼け落ち、形の残っている家もほとんどない中、一軒だけ健在な家があった。

 とはいえ、健在とは言っても火は燃え移っている。

 健在とは形が完全に残っているという意味だ。じきにこの家も焼け落ちてしまうだろう。

 この家に逃げ込んだ私も自身の死を悟っていた。

 その時の私はひどく汚れていた。

 身に着けた服は泥と血で染まり、体には多くの傷。

 ところどころに深くまで木片が刺さり、その命の灯は長くはないと誰でも悟ることができた。


「貴方冬だからってこんなに暑いところに来たくなるくらい寒かったの?」


 その女性が私の目の前に現れる前までは。

 その女性は私を一瞥すると、冷たく研ぎ澄まされた刃の様な目つきを向けつつ私にこう言った。


「人間の大人というものは薄情ね。村にはまだ人が残っているというのに、火を消せないと判断した時点で村を捨てて他所に逃げるなんて。ねぇ、貴方。貴方を見捨てた大人たちに恨みはあるかしら?」


 私は熱に浮かされ朦朧とした意識の中で、ただうわごとのように女性に助けて、助けて、とつぶやいた。

 しかし、女性はしばらく沈黙を守った後、私の前から立ち去った。

 私の意識はそこで途切れた。


 私にそれ以上の記憶は残っていない。


 2


 私はカーテンの隙間から差し込む柔らかな日差しで目が覚める。

 時刻はおそらく六時前後だろう。

 少しだけ寝起きの微睡を楽しみ、そしてゆっくりと体を起こす。

 寝間着を丁寧に畳み、ベッドの上にそっと置く。

 鏡を見れば、身長は百九十はあろうかという長身の男性と目が合った。


「この体はいつ見ても痛々しい」


 細身ながらもしっかりと鍛え上げられた体には、大小さまざまな傷跡ややけどの跡が残っていた。

 その傷に一瞬だけ眉を顰め、昨夜洗ったばかりのシャツに腕を通し厚手のズボンを身にまとう。

 その姿で鏡を見れば、先ほどまでとは印象が変わり完璧な執事の完成である。

 着替えを済ませると、今度は執事の仕事が始まる。

 我が主は深夜まで魔術の研鑽をするので、朝に弱い。そのため、私の一日の始まりは主を起こすということから始まる。

 主、というのはあの火事から私を救った命の恩人である。

 命を救われたという恩は命を救うということで返す。

 そのために私は主のそばでずっと仕えているのだ。


「主よ、また今日も夜更かしですか? 夜更かしは健康にも美容にも悪いと聞きます。夜更かしは控えたほうがよろしいかと」

「うーん……。あと五分……。というか、君はぁ、私の親か……」

「さぁ、起きてください。今日は待ちに待った人間への復讐の日ではありませんか」

「……そういやそうだったな……。ふぁぁー……」


 主は一度体を起こすと、両の手で頬をバチンと叩き、目を覚ます。


「おはよう、ジェイル君。右目の調子はどうだい?」

「いつも通りです。視界は映りません・・・・・・・・


 私の視界はあの日から赤く染まったまま時が止まった。

 唯一使用できるのは左目のみであり、右目は眼帯でふさいである。


「さて、私のほうでは長らく研究していた攻撃術式がようやく完成してね。今日はそのお披露目兼試し打ちをしてみようと思う」

「それはいいアイデアです。して、どんな内容でしょうか」

「君は、同じ人間が実験台としてつかわれることを快く思わないのではないのか?」

「いえ、私は村が焼き討ちされたときに助けの手を差し伸ばしてはくれなかった人間が憎いのです。今更人間に情など湧きません。それに、主だって人間の姿じゃないですか」

「私は好きでこの格好をしているんだ。もともと人間なんて下等生物ではないよ」

「そうですね、主はそう言う方でした。して、どんな内容の魔術が完成したのですか?」


 私の質問に主は数舜溜めた。


「それはだなぁ……」

「…………」

「大規模落雷術式だ!」

「おお……!」


 落雷というと、自然現象のアレ、であろうか。


「科学の発達というものは素晴らしくてね、人間が死ぬためには百アンペア流せばいいらしいのだ。ということは、だ。二百万ボルトは下らない雷を、人間に百アンペア流れる程度に散開させれば大規模殺傷術式になるのではないかと考えたのだよ」


 なるほど。


「ということは、落ちる雷が強くなればなるほど殺せる人間の数は増えると言う訳ですね?」

「流石は私の助手だ。理解が早くて助かるよ。では、私はそんな高度な術式の開発に専念した分のエネルギー補給をしたいかな」

「お任せください。朝食はすぐにでも用意できます」


◇◆◇


 朝食を摂り終えた主は、そのまま余韻に浸るように目を瞑っていた。


「全く、いつ食べても君の料理は衰えることを知らない。なんなら最近、また料理の腕を上げたんじゃないのか?」

「恐れ多いです。料理は日々研鑽しております」


 私はそう返事し、次の言葉を待つ。


「……さて。ではそろそろ行こうか」

「了解致しました」


 主は口をナプキンでサッと一撫ですると、すっと立ち上がった。

 ……やっと、やっとだ。

 関係ない人間だろうが、私を救ってはくれなかった人間という時点で同じだ。

 やっと虐殺できると思うと、心が逸る。

 落ち着け、焦るとできることも出来なくなってしまうだろう。

 これは失敗せずに行わなくてはならないのだ。


「……やっと、私の研究がどれだけ有用なのか実地実験が出来るわけだ。楽しみだな」

「ええ。私も、この時を心待ちにしていました」

「ああ、ああ。では手始めに羊皮紙の取引を断った領主の治める街から滅ぼそうと思うのだが、異論は?」

「いえ、ありませんとも。我が主」

「そうか。では」

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