18.その決闘、前日につき

1


 翌朝。

 どうやら昨晩はケーナちゃんのベッドによっかかる形で眠ってしまっていたらしい。

 気付けば日が昇り始めており、変な体勢で寝てしまっていたせいか体中の関節のあちこちが痛い。

 体をひねると背骨のあたりからボキボキボキ……という音が鳴る。


「痛たた……。一応徹夜するつもりだったんだけどなぁ」


 気を確かにもって看病していたはずなのだが、気づけば夢の世界にいたのは悔やまれる。


「そうだ、ケーナちゃんは?」


 ケーナちゃんの容態を確認するためにベッドに視線を落とすと、まだ朝が早かったためかすやすやと寝息をたてて眠っていた。

 様子も見た感じ大分落ち着いてきたようだし、深夜に起きだしてきたような痕跡も見当たらないので、とりあえずインフルエンザの可能性は捨ててもよさそうだ。

 昨日の看病をしている最中にも咳をしている様子はなかったので、おそらくここ最近の無理が祟ったのだろう。

 今度から俺の魔術の練習に付き合うのは控えてもらったほうがいいかもな。

 視線をケーナちゃんに戻すと、ちょうどケーナちゃんも目を覚ましたようで、こちらを見て安心したように微笑んだ。


「おはようございます……」

「おはよう、体調はどうだい? 関節の痛みとか、変わったことがあったら教えてほしいんだが」


 ケーナちゃんは少し自分の体を動かして不調がないかを確かめると、


「問題なさそうです」


 と微笑みながら答えた。

 おそらく過労で倒れただけだと思うので、この後の授業に参加することはできると思うが、大事を取って今日は休ませたほうがいいかもしれない。


「そういえばサイエンさん、一晩中看病してくれてたんですか?」

「いや、恥ずかしながら少しばかり睡眠をとってしまった。申し訳ない」


 俺が頭を下げて謝ると、ケーナちゃんは少し大振りに顔の前で首と手を振った。


「いやいや、そんなことないです! もし看病してくれてなかったらこんなに早く体調が戻ることもなかったと思いますし、サイエンさんにはとっても感謝してます!」

「あぁ、そう言ってもらえると嬉しいよ」


 俺はケーナちゃんの眩しい微笑みに頷くと、今日の授業について切り出す。


「ケーナちゃん、体調はだいぶ落ち着いたみたいだけど、まだ万が一の可能性もあるから今日は一応授業は休んだ方がいいと思ってるんだけど」


 まぁ、こればっかりは本人に確認を取らないといけない。

 地球で言うところの定期テストや受験みたいなのが控えていたら欠席は出来ないだろうし、単位に関わる授業があるならそれも休めないだろうからな。


「……、分かりました。私はそれで問題ないです」


 ケーナちゃんは少し迷ったような素振りを見せ、そして頷いてくれた。


「ありがとう。じゃあ、休みのことはマドル先生に伝えておくよ」


 俺はそう言い残して部屋を出た。

 扉が閉まる前に振り返り少し見えた横顔が、少し悲しそうな顔をしていたのは気のせいだったのだろうか。


◇◆◇


「分かりました。そういうことでしたら、他の授業の担当教員にも伝えておきます」

「ありがとうございます」


 昨日の事の顛末をマドル先生に伝え、無事授業を休むということを伝える任務は終了した。

 さて。

 俺としては直ぐにケーナちゃんの元に戻りたい気分なんだが、後ろから強烈な視線を感じる。どうやらすぐ帰ることは難しそうだ。


「なんか用があるのかい」


 振り向くとそこには、街を歩いてきた時に喧嘩をふっかけてきた少年が立っていた。


「おい、あの女はどうした」

「彼女は今は僕と別行動をしていてね」


 ここは下手に本当のことを言うより誤魔化しといた方が懸命だろう。

 敵に情報を与えることが死に繋がるのは歴史の戦争からも分かる。


「そうか。それで、もうお別れの挨拶はしたのか?」

「おやおや、僕の心配をしてくれるのかい? 僕は他人の心配より自分の心配をした方がいいと思うけどな」


 ブラフだ。

 今のところ俺に勝ち筋は見えない。

 魔法は『守護結界ディフェリオ』しか使えないし、格闘技が得意な訳でも無い。脳みそを使うしか勝てそうな方法はないんだ、神様もブラフの一つや二つ、許してくれるだろう。


「そんなんじゃねぇ」

「じゃあ俺が一人のときを狙って殺そうって魂胆か?」

「莫迦野郎。そんな事して俺に何のメリットがある? 勇者を召喚できたとして、他人の使い魔を殺した罪で投獄されちゃ意味ないだろうが。俺はあくまで合法的・・・にお前を殺すさ。そのためには、今殺すわけにはいかねぇ」


 なるほど。この世界にも一応法律みたいなものは存在しているらしい。

 だがそうするとこいつの目的が見えない。

 なんのために接触してきた? わざわざ忠告するためにやってくる性格とは思えない。

 向こうは俺たちが決闘をするために準備をしているだろう。ぱっと思いつく理由だといつでも殺せると圧をかけて戦意喪失させ、自分たちで契約を解除させようとしているとかか?

 向こうも余計な手傷は負いたくないはず。今はそうだと考えつつ行動しよう。


「生憎、殺されるつもりは毛頭ないのでね。せいぜい明日を楽しみにしておいてくれ」


 そう。明日がいよいよ決闘の日だ。

 それまでに俺は何か一撃必殺のような奥義を習得しなくては勝ちは望み薄だろう。


「ほう。まあ、それが負け犬の遠吠えではないことを期待するさ」


 少年は口の端を吊り上げると、踵を返して講義棟へと戻っていった。

 もしかしたら何か秘策を用意しているとか、卑怯な手を使ってくるかもしれない。戦闘中はそのあたりを警戒しながら戦ったほうがよさそうだ。


2


「お邪魔してます!」


 少年が消えたのを見届けてケーナちゃんの部屋に戻ると、見覚えのある獣耳少女がいた。


「やぁ、君はいつぞやの少女じゃないか」


 あぁ、こんな状況なのに尻尾をモフモフしたいという欲求に駆られてしまう。

 抑えろ、抑えるんだ……。


「彼女はお見舞いに来てくれたんです」

「そういうことだったのか。ありがとう、えーっと……」


 まずい。名前が思い出せない。


「誰だっけ、あのー、ここまでは出てるんだよ、ここまでは」


 どこまでだよ。

 いや、自分に突っ込んでいる場合じゃない。


「もーぉ、シトロンですぅ! ……まぁ、一回会ったくらいじゃ覚えれんのは分かるけん、しょうがない気もするっちゃけど、覚えておいてほしかったです」

「あぁ、シトロンちゃん。本当に申し訳ない」

「大丈夫ですよ、次から間違えんかったら。やけん、次は間違えんといてくださいね? それじゃ、ケーナちゃんまたね」

「うん、また」


 そういってシトロンちゃんは手を振りながら軽快に部屋を出て行った。

 ……なんか、嵐のようにやってきて嵐のように去っていったな。

 とシトロンちゃんの行動に少し呆気にとられていると、ケーナちゃんに二の腕のあたりをつつかれた。


「あの、サイエンさん。明日のことについて少しお話したいことがあります」


 ……ついに来てしまったか、この時が。

 俺は襟を正し、ケーナちゃんの話を聞くことにした。

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