17.病人と看病人

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 俺は急いでケーナちゃんに駆け寄り、体を揺すった。


「おい、どうしたんだ!? おい、頼む返事をしてくれ!!」


 俺が必死に語りかけるも、それに応える声は聞こえない。

 額に手を当てると、かなり体温が上がっているようだった。


「ったく、マジかよ……!」


 俺はお姫様抱っこの体勢でケーナちゃんを抱え、女子寮へ向かって駆ける。

 病人をあまり揺らすのも良くないかと思ったが、今はベッドに寝かせて看病をするのが先決だと思い急ぐ。

 俺が走っている最中もケーナちゃんは俺に声をかけることはなく、腕の中で小さく喘いでいるだけであった。

 そして女子寮に到着すると、鍵を開ける時間も惜しいので扉を蹴破って部屋に転がり込んだ。


「待ってろ、今濡れタオルを用意するからな……」


 ケーナちゃんをベッドに寝かせ、風呂場から洗面器とタオルを用意しケーナちゃんの額に乗せる。

 ひと段落ついてようやく落ち着いてきた俺は、ケーナちゃんの容態を確認することにした。


「体温は高いが高熱ではなさそうだ。恐らく風邪だろうが、インフルエンザ等の感染症の可能性も考慮して嘔吐物を入れる桶を用意しておいた方がいいか」


 とりあえず今は安静にさせて目が覚めた時に本人から症状を聞くことにしよう。

 一応窓を開けて換気もしておこうか。


「……、サイエンさ……」

「どうした?」


 ケーナちゃんが突然声を上げ、慌てて近寄るが返事は聞こえない。

 恐らくうわ言だったのだろう。顔をよく見てみると悪夢にうなされるように苦痛で歪み、額から流れる大粒の汗を見るととても胸が傷んだ。

 艶やかな青髪はしっとりと濡れ、服は汗でベッタリと華奢な体に張り付いていた。


「着替えさせないと体温が下がって、余計に風邪が拗れるよな……」


 あぁ、こんな状況なのに、女の子の裸体を一瞬でも目に入れることに対して鼓動が早くなっているのが恨めしい。

 おい、サイエン。ここは恥を忍んで看病するところだろうが。

 いったん気持ちを落ち着かせ、そっとケーナちゃんの淡い青色をしたブラウスのボタンに手をかける。

 一つ、また一つとボタンをはずしていく。

 すべてのボタンを外し終えると、ブラウスをはだけさせてそのまま脱がす。

 ケーナちゃんの体は膨らみにに乏しい胸元から鼠径部にかけて汗で湿っていて、その白く美しい肌は艶めかしく、そして鈍く光を反射していた。

 その姿に、緊急事態にもかかわらず目を奪われてしまい、慌てて目を逸らした。

 濡れタオルを絞り、汗を拭きとる。


「あっ……」


 俺の手の動きに合わせ、ケーナちゃんが声を上げる。

 年に不相応の艶やかな声に、俺は思わずドキッとさせられてしまう。

 ……だめだだめだ! 中身三十のおっさんが幼女に欲情するなんてあってはならないことだ! 気を強く持て、サイエン!

 ……、よし。

 俺は自分の頬を強く叩き意識を現実に引き戻して、ケーナちゃんの腕に新しい服の袖を通した。


◇◆◇


 日も完全に落ち、学園に夜の帳が下りたころ、ようやく俺はひと段落することができた。


「これで、ある程度の身の周りの世話はできたかな」


 桶でタオルを絞りながら、ふぅ、と一息つく。

 絞ったタオルはそのままケーナちゃんの額の上に乗せた。


「こうやってゆっくり見ると、本当に端正な顔立ちをしているな……」


 鼻は高く、肌の色は白人より白いように感じる。細く伸びた睫毛は窓の隙間から差し込む月明りを反射して煌びやかに輝き、その姿はとても幻想的なものに見えた。

 倒れた直後は紅潮していた頬も、数時間経った今では落ち着き、苦痛に歪んでいた顔は安らかな表情を浮かべている。

 その美しさに自然と手は頭に伸び、気づけば髪をなぞるように撫でていた。

 手が頭頂部に触れる度、ケーナちゃんは安心したように表情の筋肉を緩ませる。

 俺は今この瞬間を永遠に続けていたいという衝動にかられたが、すぐにそれは不可能だと察してしまった。


「この、まだ年端も行かないような少女と過ごすためには、俺が力をつけないといけないんだよな」


 今はまだ魔法の実力はケーナちゃんが上かもしれない。

 こう思ってしまうのは日本で置かれていた環境の、潜在意識に刻み込まれた「男が女性を守るべき」という記憶のせいなのかもしれない。

 ただ、今俺は確かにケーナちゃんを守らなくてはいけないと感じている。

 ならばこそそれは行動に移して然るべきではなかろうか。


「異世界から勇者を呼ぼうとしてるのか知らねぇが、楽に殺せると思うなよ……?」


 俺の胸の裡から湧き上がる闘志は、この時新しい魔術を習得する準備を始めた。

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