15.講義

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 数日後のこと。

 決闘を二日後に控えた日の昼、その日は平日でケーナちゃんは授業があり、練習は午後からということになっていた。

 しかし、俺はこの世界に来てからというものしっかりとした魔法を見たのは出会った日にぶっかけられた水魔法(水魔法という名前かどうかは知らない)ぐらいなので、ケーナちゃんに頼んで授業の様子を見せてもらうことにした。


「それにしても、何度見ても教室っていうより講義室って感じだよな」


 ケーナちゃんは中学二、三年生くらいの年齢だったと思うが、元の世界でその年齢の子供たちが使う教室とは雰囲気が違う気がする。

 気のせいか教室を利用している生徒の意識も年のわりに大人びているように感じる。


「サイエンさんの世界では教室はもっと違う形をしているのですか?」

「違うな。具体的には……、ん? でも似てなくもないような……」


 この教室に配置されている机は長机、それが横に三列並び、縦はおそらく二十五列ほど。

 広さは大学の講義室と同じくらいで、普通の中学生が利用する教室と比べるとかなり広い。


「とりあえず、向こうの世界の机は一人に一つずつ与えられるな。それで、教室はもっと狭い」

「へぇ……。これが普通だと思ってました」

「いや、まぁ他の文化と交流する機会がないとそれが常識になるのもしょうがないよ。でも、大事なのは他の文化や他の考え方を知ったときにそれを否定せず、『そういうのもあるよね』って受け入れられるかどうかなんだよ」

「そうなんですね……。勉強になります」


 こうやって異世界むこうの話を混ぜつつケーナちゃんと雑談していると、俺がこっちに来てから初めて見る人物が教室に入ってきた。

 その男性は教壇の前に立ち一度パン、と手を叩き教室の生徒を静かにさせつつ視線を集めると、話を始めた。


「皆さん、進級してから私と顔を合わせるのは初めてでしょう。それに私のことを知らない方も数名いるでしょうし、まずは自己紹介から始めさせていただきます」


 そこで一度その先生は話を止め、視線を俺を含めた数人に向けた。


「私はこのクラスで土属性の授業を担当させていただく、シチア・フランティディアです。王宮魔道士も兼業しているので休講が他の講師の方より多くなるとは思いますが、それでも授業のほとんどは教えられると思いますので安心してください」


 教室にいる生徒を端から端まで眺めながら話し、話が終ると黒板に何かを書き始めた。

 依然この世界の文字は理解できないが、字幕が表示されるので読めないということはなかった。

 その手の動きを見つつ、この世界で文字を書いている様を初めて見た俺はこの世界って右から左に文字を書き進めていくんだ、などと考えつつその様子を眺める。

 そしてしばらく待つと、シチア先生は黒板の前からどいて生徒全員が黒板の見える位置に立った。


「よいですか、私のクラスの皆さんにはこれを意識して授業を受けていただきます」


 黒板に書かれている文字の字幕は、『知識には貪欲に、欲には恬淡に』。

 見ただけでは伝えたいことのすべてを理解はできないが、おそらくやりたいことや欲しいものには執着しないで、ただ知識を追求しろ、ということだろうか。

 知識を得る事には概ね賛成だが、欲しいものは適度に手に入れていかないといつか爆発するような気がする。小さなころに食事を口に入れられなかった者は成長して暴食癖になるように、小さなころに貧しかったものは成長して浪費癖になるように、極端な抑圧は時として精神に毒を齎すと思うのだが。

 だが、欲求のすべてを満たさない程度であれば、まあ問題はないか。


「いいですか、知識というのは人類がほかの生物を圧倒するために磨いてきた牙です。知恵を持つものは生き続けている間、その牙を研ぎ続けなければならない。牙を持ちながらその牙を生かそうとしないものはいずれ淘汰されます。皆さんは知恵という牙を他者を圧倒するほどに鋭利に磨いてください」


 ほう。確かに知識のない人間は使われるだけだ。

 生徒にこんなことを教えるとは、優しい教師なのだろうな。この先生は信用できそうだ。


「ではまず、最初の授業を始めよう。トノイ君、こちらに来たまえ」

「あ……、は、はい!」


 トノイ、と呼ばれた生徒はぎこちなく立ち上がると、教壇に歩いてシチア先生の横に立った。


「君、土魔法はどれくらい使えるかね?」

「あ、えっと、初等魔法を二十個くらいです」

「ふむ、なかなか頑張っているようだね。では初級魔法の『土作成』を使ってみてくれ」

「はい、わかりました」


 シチア先生と一通り会話をし終えると、少年は掌サイズの魔法陣を正面に生成し、土生成、と呟いた。

 すると掌から魔法陣へきらきらとしたものが流れ込むように移動し、そして空中に数秒漂って霧散した。


「おおぉ……」


 俺は思わず声を漏らしてしまった。

 本場の魔法というのはやはり見ていて勉強になる。実際俺が無属性魔法を使ったときにはあんな魔法陣は現れなかったし、しっかり発動する魔法というのはああやって腕から魔力を流し込むように発動していると知れた。

 やはり講義に参加させてもらうのは俺にとっていい刺激になった。

 しかし、ケーナちゃんを含めたクラスのほとんどは俺とは全く違う反応をしていた。

 俺がどうしてそんな反応をしているのか疑問を抱いていると、魔法を使った本人が答えを言った。


「どうして……、どうして土生成が発動しないんですか!」


 なるほど。俺は光が出ているということに意識を集中していたせいで、発生するはずの土の塊が発生しなかったことに気づけなかったのか。


「うむ、やはり土生成は失敗に終わったか」

「……知っていたんですか?」

「勿論。ただ、私も成功するとは思っていなかったさ。この状況で土生成を発動できるのは君たちの中に数人いるかいないかだろう」

「じゃあどうしてやらせたのですか?」


 それは確かに俺でも疑問だ。

 何か伝えたいことがあったからか?

 しかし先ほど黒板に書いていた言葉とこの魔法の発動に直接的な因果関係はないように見える。


「いいかい、私の授業は他の先生方とは違って実践を意識した授業を展開するつもりである。例えば、今回で言えばこうやって敵の魔道士の魔法妨害結界が張られているかもしれないと考えながら行動しなくてはならない」


 その言葉と共に教壇の周辺に透明で青みがかった半球状の、結界と呼ばれていたものが溶けるように消えていった。

 しかし、数秒前まであんなものは存在していなかったように思える。果たして実践になったとき、俺はあれを見破ることができるのだろうか。


「しかし、君の実力でも妨害無効の魔法を自身にかけていれば土生成は問題なく発動するように妨害の強度を調整したのだが、認識はできなかったようだね。まあ、しょうがないさ。私だって君たちくらいのころは結界が発動しているかすら分からなかった」


 シチア先生はそこでしかし、と言うと、続けてこういった。


「実践では知らなかったでは通じない。戦場で自分を守るのは自分だけだ。この一年を通して私は君たちに今回のように分からないように、若しくは事前に通達して君たちの警戒心というものを育てていく。死ぬまで生きろ、というのは言い得て妙だが、老衰、病気、なんでもいいが運命に殺されるまでは生に執着し給え」

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