完治と創作

12月も中頃を過ぎ、外に出ようものなら、すっかり冬本番といった気温に体を縮こませ、凍てつく風につい視線を地面に落とす。


「今日は今年一番の冷え込みとなるでしょう」


お天気お姉さんの言葉通り、今日の寒さは間違いなく今年一番の冷え込みだ。お姉さんの言葉を甘くみていた僕は、奥歯をガタガタ言わせながら病院までの道程を進んでいく。

今日は開校記念日で、学校は休みだ。

そのため、お昼頃の暖かい時間を狙って外出したにも関わらず、この寒さ。夜ともなれば、それこそ極寒となり、奥歯をかみ砕く勢いだろう。


早いところ定期検診を済ませ、日が落ちる前に帰宅してしまおう。


しかし、前々から決まっていた月に一度の検診とは言え、こんな極寒の日にサボリもせず律儀に向かうあたり、真面目というか自分らしいというか。


こんなに寒い日だというのに、病院は満員御礼といった混み具合で、待合室には人があふれている。スーツ姿の人がチラホラと混じっているあたり、昼休みを使い検診にきている患者も多そうだ。僕はといえば、定期検診で既に予約済みなので、その混雑を後目に特に待つこともなく診察室へ向かう。


「久し振りだね。どうだい調子は?」


いつも通りの挨拶と笑顔。

胡散臭ささえ感じるほどの愛想の良さを振りまく、僕の担当医がいつもの場所で出迎える。


「すごく寒かったです」

「今年一番の寒さみたいだね。ちょっと薄着なんじゃないかな?体調管理はしっかりね」


そう言いながら僕に微笑みかけ、ベットへ横たわるように促す。

促されるままいつも通り仰向けに横たわる。


「肩と腕は、もう大丈夫だよね。視力矯正の確認だけして、終わりにしよう」


そう言うと、いつものアイマスク状の機械が僕の視界を覆う。


「うん、順調に回復してるね。前回より大分補正値が下がってるみたいだし、予定よりも早く完治するかもしれないね」


完治。

そうか今僕の眼は、異常なのだ。いずれ近いうちに僕の目は正常に戻り、普通になるのだ。その事をすっかり忘れていた。


この間までは、この眼の異常が迷惑以外のナニモノでもなかった。

でも今は、僕はこの異常を、文字列に見えてしまう夜空を、受け入れ、日常とし、習慣とした。


それが失われようとしていることを理解した。


「あれ、なんだか嬉しそうじゃないね? 前はいつ完治するのかを、とても気にしていたようだったけど」

「いえ、そんな事は。嬉しくはありますけど、あまり実感なくて」


実感の無いことは事実ではあるが、嬉しくは無い。失われつつあるものに動揺しているのだ。


「そっか。そう言えば、まだ見えてるのかな?文字列」


話を逸らしつつも、近い話題をふられる。その問いに曖昧に答えると、医者はカルテを眺めながら、話を続ける。


「結構前に心当たりを聞いたよね? それが無いってことは、精神的な影響による幻覚みたいなものは、とりあえず無いと思うんだ」


そう言いながら、一人うなずき、ただそれに嘘が無ければという旨を付け足し、僕に向き直り微笑みかける。


僕は眉をひそめ、曖昧に頷く。

医者は、笑顔で頷くとまたカルテに眼を戻す。


「それで、しばらく考えてみたんだけど、キミに見えているというその文字列は、

神様からのメッセージなんじゃないかって思うんだよね」

「へ?」


思わぬスピリチュアル発言に耳を疑う。

この医者は、そんな感じのことをさもあたりまえのことのようにさらりと言ってのけるような、ややイタい、否、結構イタい発言をする人間だったのか。


「あ、今僕のことをイタいやつだと思ったね。まあその気持もわかる。

じゃあ、神様を宇宙人とか。そういった人智を超えた存在に置き換えても構わないよ?」


置き換えたところで、イタい奴のレッテルは剥がれない。といった顔をしていると、とりあえずといった感じで医者は話を続ける。


「まあ聞いてくれよ。肉眼で確認できる星の明るさを等星というんだけどね」

「一般的には第1等星から第6等星が人の視認できる限界ってことになってるんだけど、人によっては第7等星とか第8等星とか、本来は視認できない星が見える人がいるんだ」

「その他にも、人の眼で見えない波長の光を不可視光線といい、有名なところだと、紫外線や赤外線はこれに当たるんだ。これも人では視認できる人は聞いたことがないけど、昆虫や鳥などは見えているものもいるそうだよ」

「……なにが言いたいんですか」

「つまり、普通の人には見えないけれど、特殊な眼を持つものにしか見えない光ってのが存在するって話だよ」

「しかも11年前のテロ事件以降、地球の周りには分厚いデブリの層ができているからね。その一個一個が星の要領で光っているならば、その光を操作すれば特定の人間にしか視認できない文字くらい、いくらでも浮かび上がらせることができそうだなって考えたんだ」


ここまで聞いたところでも、突拍子もない話という点では変わりはないが、呆れという感情から、驚きの感情に変わりつつあった。


ただなぜそんな宇宙規模の小細工でメッセージを伝えようとするのか。

ましてやあんな中身の無いスイーツブログをだ。

そもそもそんな真似誰ができるというのだ。


「…面白い話ですけど、デブリ一個一個に当たる光を操作して、文字にするって、

そんな事誰にできるっていうんですか」

「だから神様だって言ったじゃないか」


いつもの愛想の良い笑顔で僕に言い放つ。


もちろん冗談なのは、わかっている。でもここまではっきり言われると返す言葉もない。話のオチとしては突拍子もなく、言い返す以前の問題だ。

でも過程に関して言えば、事例を元にした、知識のない自分にとっては、なんだか妙に説得力のある内容だ。あとSFぽくて、ちょっとおもしろい。

すこし不思議! いや、すげー不思議!


「なんてね。面白いだろ?これでも昔は作家になりたかったんだよ。さて、検診終了。来月来の検診日は、精算の時に受付の人と決めておいてね」


僕がポカンとしていると、医者は冗談めかして話を切り上げた。


神様?

馬鹿らしい。

あのスイーツブログがそんな高尚なものの筈がない。


医者の考察という名の創作を、何度も反芻し、何度も否定しながら家路についた。

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