心当たりと夕暮れの帰り道

相変わらず暑い日が続いている。湿度は大分下がり、カラッとした暑さなのが唯一の救いだ。


今日は月に一度の検診の日だ。


「久し振りだね。どうだい調子は?」

僕の担当医は、相変わらずの愛想の良さで微笑んでいる。

「まあ、特に変わりは無いです」

僕は曖昧に返事を返すと、促されるままベッドに仰向けに横たわる。

医者は、慣れた手つきで、僕の肩から腕にかけてなにやら動きを確かめながら、雑談を続ける。なんだか手持ち無沙汰で腕をグニグニされてるだけなんじゃないかという気がしてくる。

「まあ、腕と肩に関しては、もう完治したようなもんかな。違和感はまだある?」

「若干、腕を高く上げたときくらいです」

「それくらいなら大丈夫だね。先生なんて四十肩で、腕なんか上がらないし」

医者と比較されても大丈夫な理由にはならないとは思いつつも、僕はなんとない愛想笑いを浮かべる。

「まあ、それよりも眼だよね。インプラントの違和感は無い?」

そう言いながら、アイマスクのような機械で目元を覆われ、僕の視界が暗闇に包まれる。

「うん。矯正値は下がってきてるから、だんだん回復はしてきてるね。とりあえず順調って感じかな」

僕の視界を覆っていた機械が外され、蛍光灯の急な光に目を細める。

「いつ頃治るんですか?」

僕は半年前に聞いた質問を久し振りに投げかけた。

「うーん、あと二年は掛かかるかな」

「相変わらず時間掛かるんですね」

「これでも早い方だよ。むしろインプラントデバイス使っても、見えてる事が奇跡みたいなものだよ。事故直後のキミの眼はほとんど原型をとどめていなかったんだから」

 

奇跡。


あの事故から生還して以来、よく言われる言葉だ。

視力どころか、生きていることさえ奇跡的だとあの頃は言われた。それは理解しているつもりなのだが、如何せん今視力という点で不自由が無いことが、しているつもりの理解を邪魔する。

そこに二年以上の治療の話をされてもピンと来ない。

「当時のキミの眼はほとんどの機能をインプラントで肩代わりしていたんだ。眼をリハビリするように少しずつその補助を外していき、今では視神経の機能と結晶体の調整以外は、キミの眼自身の力で機能してるんだ。これは大きな違いだよ」

そう考えると、確実に治ってはいる。

だがしかし、だがしかしだ。

あと二年、もしくはそれ以上の間、僕は毎晩あのスイーツブログと付き合って行かなければならないのだろうか。

 

正直それはキツイ。

「なんだか、浮かない顔だね。まさかまだアレが見えるとか?」

「……はい。まだ文字に見えますね」

「うーん、機械には不具合は無いはずなんだけどな…。他の使ってる人から同様の報告も無いし」

「まあ、ですよね」

とりあえずひと通りの検診を終え、帰り支度を始める。

帰り際に医者からは、なにか心当たりがあれば、相談してくれと言われたが、どこの世界に夜空がスイーツブログに見える心あたりがあるというのだろうか。


病院を出る頃には、日も落ちかけていた。

暮れ泥む光と影のバランスが妙にドラマチックな町並みを眺め、こんな景色が見れなくなるかもしれなかったと思うと、現代医療に感謝せざるを得ない。



さて、今夜もブログは更新されるのだろうか。

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