第200話 獣人
召喚石、そこから出てきたのはバイロス、そしてハ・ダース。
この二体を選んだのには理由があった。
それは破壊性能が低い順である事。
街の人達を全て殺せるというのなら問題ないが、隠蔽魔法や阻害魔法を使い情報漏洩を防いだとしても生き残った奴がそれを誰かに伝える可能性があるからだ。
だから、できるだけ街の人達に危険と思わせない事が大事なのである。
とは言っても、終焉種を使っている都合上、例え魔法で対策をしていてもすぐにその強さを感じる者が現れるだろう。
それが外部に漏れるかどうかは運である。
今は犠牲を出しすぎてはいけない。
この星を支配下にしている化け物がブチ切れるかもしれないのだから。
それ故、二体の蟲には外で待ち伏せているグルゴルを含めた十人の男をドームに閉じ込め、幾万もの阻害、弱体化、探知魔法を使う。
所詮はBランク冒険者、ジフの油断を突いたとはいえ倒した蟲達に敵うはずもなく、その内の一人が防御魔法諸共バイロスの鋭利な鎌に切り裂かれる。
勿論、残りの者達はすぐに魔法で対抗した始めるが、実力が伴っていないのか魔法の数で負ける。
そして、一秒が経った時そこにグルゴル達の姿は無かった。
ゼフは死体に阻害魔法を使うよう命令し、ドームの魔法を解く。
周りは急に戦いが起こり驚きの表情を上げている。
ゼフはその者達に向けて口を開く。
「少々騒がしくした、すまない」
圧倒的な力を持つ魔物を使役する男、その者から放たれた意外な言葉に素っ頓狂な表情を浮かべるも警戒しながらいつも通りに戻る。
これで殺した者達に非があると、少しだが認識させる事ができただろう。
そうすれば強者と戦う事は避けられる。
それに自分がこの世界の暗黙のルールは守っていた事を思い出すきっかけにはなる筈だ。
しかし、仕方ないとはいえ自分が弱い蟲しか使えないという認識がなくなり、一発限りの奇襲が使えなくなった。
ここからは完全に運、どれだけ敵との戦闘を避けられるかが肝となる。
「おい、待て」
とそんな事を思っていると、一人の獣人が口を開く。
全身黒のフルプレートに包まれている青髭を生やした四十前半であろうと思われた。
尻尾と耳以外は普通の人間と変わらない。
ゼフは色々な情報を得る過程でこの男の事も知っていた。
名前はガウロス・ザ・ビーストル、ランクはSに近いと言われていた獣人である。
「…… なんだ?」
「俺と戦おうぜ」
「お断りだ」
「…… そうか、なら仕方ないな」
ガウロスはそう言いながらドームを展開する。
ゼフはその光景を見て改めてこの世界の事が嫌になる。
この世界では実戦は己を強くするという認識の元成り立っており、より強いものであればある程それが増すらしい。
戦いだけで成り立っているようなこの世界でこれは当たり前の光景。
ゼフはサンを抱き寄せ、すぐに蟲達に命令を下す。
まずはドームを展開、次に魔法のやり取りが始まる。
両者動かないが、これでいい。
相手を見極め、油断した所を攻撃する。
ガウロスは笑顔を浮かべながら口を開く。
「いいね〜、やる気満々じゃん。 俺はお前見たいのと戦いたかったんだよ」
「…… 意味が分からないな」
「そうかい? なら教えてあげるよ。 俺はねお前みたいな召喚士と戦ってみたかったんだよ。 だって中々いないじゃん、お前みたいな奴」
バチバチとリジを放ちながら最高の笑顔を向けてくる。
それと同時にガウロスの使う魔法の数が増え始める。
だが、リジを込めた魔法であっても、ジフには遠く及ばない。
何故ならあいつの方がリジの量も質も高く、それを全ての魔法に込めていたのだから。
しかも魔力を更に消費する代わりに威力を底上げする重複魔法陣という同じ魔法陣を重ね合わせて魔力を消費する代わりに威力を底上げする技を使っていたのだから。
こいつは魔力を惜しんでか、全くそのような事をしない。
いや、阻害魔法などに魔力を割いているというのが正しいのか。
だからこそ、最弱の種族である人間が悠長に獣人を相手してはならない。
種族特有の能力、獣人は神獣化という一定時間神を超越する力を得られるというものだ。
それをされてしまえば勝機はない。
そこが人間の弱いところなのだ。
能力なし、しかし数は多い。
その理由は何処かの神が不憫に思い与えたある力が関係している。
習得するのがリジより難しいそれはゴッドという。
単純な能力強化、だが神の力を借りるという意味でつけられたそれは非常に強力だ。
だが、それを使う事も使えるようになる事もゼフにはないだろう。
「狂人…… いや、狂犬と言った方がいいか? 戦いしか知らないお前に教えてやる。 何が正しいのかをな」
ゼフはサンから召喚石を受け取り魔力を込める。
それと同時に蟲達に魔力を全て使ってでも殺す事を命令する。
これで押し切れば勝てる。
しかし、それを読んでいた者がいた。
目の前の獣人は何もないところから片手剣を二つ取り出すと、距離を詰めそれ違う角度からを振りかぶってくる。
いや、考えなくても分かっていた事だった。
普通は魔法に加え武器なども使ってくる。
ジフが例外的な存在だったのだ。
だが、それで殺されるゼフではない。
新たに出現したハ・ダースが防御魔法と能力を使いそれを防ぐ。
加えて更なる弱体化、阻害魔法を使う。
流石のガウロスも焦りを感じているのか、自信を強化する魔法を使いながら剣を見えない速さで何度も攻撃する。
しかし、こちらの魔法の数が多すぎて強化魔法がうまく使えないのと、防御魔法の生成がガウロスの攻撃を上回っている。
そんな劣勢状況の中、ガウロスはニヤリと笑う。
「た、楽し〜!」
「…… 戦闘狂が」
「そういう君は楽しくないのかい! 滅多にこういう機会はないよ!」
「ああ、楽しくない。 何故勝てるかも分からない戦いに楽しみを覚える。 俺は格下を蹂躙する時にしかそれを感じない」
「…… あっそ、つまんないね」
「そういう事はこの戦いに勝ってから言うべきだ」
ゼフは更に蟲達に魔法と能力の攻撃の数を増やすように命令する。
それが万はあろう防御魔法を割っていく。
しかし、ガウロスの笑顔が消えない。
この魔法の数、彼も神獣化という隙を見せる能力は使えない筈だ。
なのに何故自分だけがこんなにも必死なのだ。
凡人だからか、普通だからか。
いや、ただこいつらが狂ってるだけなのだ。
それは間違いない。
だが、その僅かな隙が彼に絶好の機会を与える。
「剣技『獣王烈火』っ!!!」
ガウロスはそう叫びながら赤く燃え上がる二つの剣身をハ・ダースに同時に叩き込む。
武器は強力であるが、神獣化と同様に隙がある。
だが、ゼフは少し油断してしまった。
それが仇となったのだ。
一〇〇の剣撃がハ・ダースを襲う。
それを魔法や能力、そして自らの肉体で防ぎ切る。
しかし、ゼフはそこで恐ろしいものを見る。
なんと剣技が終わらない。
いや、剣技と剣技の間に全く好きがない程の技術を持っているのだ。
あまりの予想外の事にゼフは叫ぶ。
「ハ・ダースはそのまま引きつけろ! バイロスとコア・クリムゾンはなんでもいい! 奴に弱体化魔法をかけろ!」
確かに押してる。
しかし、肝心の弱体化や阻害の魔法は間一髪防いでいた。
だが、それだけではない。
こんな所でもたついている暇などないのだから。
サンの魔力を回復する能力を使ってもいいが、それはできるだけ温存したい。
何故なら、これからガウロスなんかよりも強い奴と戦いに行くのだから。
もたついている暇ないのだ。
「ハハッ! やっぱり戦い慣れてないね! それもそうか、さっきの発言から格下ばっかり戦ってきたみたいだからね。 例え神獣化を使わなくても勝てるね」
「…… お前に説教される筋合いはない! 俺の邪魔をするな!」
それはいつもの落ち着きのあるゼフではない、サンは一番にそれを思った。
だから、ゼフに捕まる力を強める。
それに気づいたのだろう、こっちを見ないで頭を撫でてくる。
そして、骨が砕ける音が響く。
それは何処からの音か、それはガウロスである。
「なっ…… 攻撃が急に早く……」
余裕のあった防御魔法は全て割れ、肉が抉れている。
あり得ないという表情を浮かべながらもすぐに回復魔法を使う。
しかし、神獣化を使っていない獣人の回復魔法など怖くない。
「消えろ、格下」
そして、ハ・ダースの音の攻撃、それを防ぎる事ができずにドームの橋まで飛ばされ倒れる。
ゼフは阻害魔法を使うとドームを解除する。
すると、ガウロスのドームも解除された。
「ゼフ様…… 大丈夫ですか?」
「ああ…… いや、大丈夫とは言わないな。 最悪だ…… 一瞬であったが蟲達のリミッターを解除した。 既に戻したが、この手はもう使えない」
「…… 私はなんと言ったら」
「ああ、そうだな。 お前には関係ない。 これからはリミッター解除を頻繁に使う。 だが、あっちの世界に蟲達がいる以上影響を考えてあまり使えない」
「ですが、ゼフ様でしたら他に考えがあるのでは?」
「ああ…… 勿論ある。 だが、それはサン…… お前次第だ」
「私次第ですか?」
「そうだ、さて時間が限られている。 二時間の休息の元遺跡に向かう」
「…… 遺跡ですか?」
「そうだ、それは俺がこの星を選んだ最大の理由…… 今のところ俺だけが扱える神、インセクラクト。 それを取りに行く」
ゼフはそう言うと遺跡に向かいトボトボと歩き始めたのだった。
しかし、一連の戦いを見ていた者達から既に噂は広まりつつあるのだった。
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