第198話 元の世界

 その後、ゼフは城の被害を確認した。

 部屋の数にして玉座の間を含めた一〇部屋。

 それが跡形もなく消え去っていた。

 どうやら城の壁に張られた大量の防御魔法が被害を抑えてくれたらしい。

 一歩間違えれば負けるという事も十分あり得た。

 しかし、ジフはこの低レベルな争いでは次元はあり得ないと考えていた。

 それに老いのせいか身につけていただろう武術が機能していなかった。

 この二点が勝利に繋がったのだ。

 そして、ゼフは直ぐに行動に移すべく、穴のあるところへアリシアを呼びつけると絶句する。


「ゼフ様…… これは一体……」

「来たか、今は詳しく話している時間がない。 だから、単刀直入に言う。 つい先程、敵が城内に侵入して来た」

「敵…… ですか? ですが、外の警備は万全だった筈では……」

「そうだ…… いや、そう思っていた。 だが、俺も考えが甘かったようだ。 お前は今からバーナレクに住む全ての人間を別の街に避難させろ」

「…… この街を捨てるというのですか?」

「ああ、そうだ」

「…… ふざけないで下さい! この街には沢山の人達が住んでいます! 元はと言えば貴方が巻き込んだ事でしょ! だったら…… 自分でなんとかしてください。 貴方がいつもやってるように……」

「…… 確かにそうかもしれない。 お前の怒りもなんとなく理解できる。 だからこそ…… お前は人々を守れ。 俺は俺のやるべき事をやる」

「…… 申し訳ありません、つい取り乱してしまいました」

「構わん、すぐに行動に移せ」

「了解しました」


 アリシアはそれだけ言うと、すぐに行動を開始し始める。

 それはゼフも同じである。

 まず、この穴に入るには魔力を回復させなければならない。

 それに蟲の数も少ない。

 ゼフは収納魔法を使うように命令し、その中からポーションのようなものを取り出す。

 ポーションの技術は実を言うと元の世界でもあまり発展していない分野だ。

 今手に持っているのは魔力を回復する物だが、その回復量があまりにも少ない。

 ゼフの魔力を満タンにするには一億本でも足りない程効果は弱い。

 それは何故かというと、単に戦闘や魔法など戦う為の技術が成長し過ぎているだけである。

 だから、普通は適正効果の筈がそのせいで劣っているとみなされているのである。

 とは言っても、研究が進めばその効果も上昇する筈であろう。

 しかし、そうならないのは単にポーション作りの材料費が利益を上回るからである。

 それに買い手もそんなものに費やす程バカではないので、結果として今の状態が保たれているのである。

 ゼフもあまり持っていない。

 どうせ阻害魔法により収納魔法は使えなくなるからだ。

 手に持っているポーション、それを一気に飲み干す。

 と同時に、今いる終焉種五体をデス・レイが作成した召喚石に取り込ませる。

 魔力が無いのだけが心残りだが、行動は早く起こした方がいい…… 手遅れになる前に。


「サン、これからお前はどんな事があっても俺から離れるな。 例え、寝る時だろうと風呂だろうとだ」

「で、ですが…… 私はいいのですが、ゼフ様は……」

「構わない、それがお前を守る唯一の方法なんだからな。 俺はお前を失うわけにはいかない」

「…… 分かりました」

「よし、それじゃあ出発するが戦う準備はいつでもしていろ。 もしかしたら、向こうで待ち構えてるかもしれないからな。 だから、召喚石を三つ持っていろ。 残りの二つはすぐに召喚できるように俺が持っている」


 サンはそれにコクンと頷く。

 これで全てが整った筈だ。

 蟲達を召喚石に封じ込めた事で、探知魔法による索敵も防いでいる。

 一つ懸念があるとすれば…… 探知魔法の関係上、他の蟲を召喚する事ができないので、肩代わりも使えず無防備という事である。

 だが、それぐらいしなければ本来やる筈であった向こうの世界で平和を手に入れる方法ができないのだから。

 決して警戒されてはいけない、魔物主体の召喚士だと油断させる。

 ゼフはそう考えながら穴の中に入ったのだった。


✳︎✳︎✳︎


 抜けた先、そこは見晴らしのいい何もない草原。

 そう、ゼフがあの未知のアイテムを使ったところである。

 周りを確認するようにゆっくり見渡すが、特に何かいるような気配はない。

 いや、隠れている可能性もあるだろう。

 だが、この世界で平和を手に入れる為だ。

 ゼフは魔法を唱えようとしてそれを止める。


「魔法は使えないんだったな…… この程度の事も忘れるとはな」

「ゼフ様……」

「仕方ない、俺がいた街に戻ろうと思ったがそれは後だな。 ここから一番近い街は三〇分もあれば着くだろう」


 そう説明するゼフの隣でサンは未だに暗い表情を浮かべている。

 彼はなんとなく彼女の心情を察して口を開く。


「安心しろ、ジフはこの星では中々強い奴だ。 油断した所を突いたとはいえ、あいつに単独で勝てる奴は中々いない。 だから、最終手段としてゴリ押しができる。 だから、そんな暗い顔するな」

「ゼフ様……」

「さて、まずは街に行く。 警戒を怠るなよ」

「はい」


 そこから警戒しながら進むが、不気味な程に魔物も非魔物である人間などの生物とも遭遇しなかった。

 ゼフ的にはいい事ではあるが、逆にそれが怪しさを増していた。

 そして、とうとう街が見えてくる。

 バンッと開いた入口、そこにゼフはサンを連れてズカズカと入る。

 街には活気があった。

 わいわいと走り回る子供、仕事をする男性、買い物に来た女性などなどである。

 見た通り戦いが頻繁に起こっている世界と言っても全員がそうではない。

 しかし、子供はいいとして残り二人は恐らく自らの力に限界を感じ、諦めた部類の奴だろう。

 そう言えるのは身体の筋肉のつき方、目線などの抜けない癖、そしてリジが物語っている。

 ゼフはそのまま冒険者組合に向かい、到着するとゆっくり扉を開ける。

 その瞬間、ギロッと睨む多数の視線。

 少し臆しそうになるが、それを払い除け進む。

 すると、身長二メートルはあるだろう大男が片手にチキンを持ちながら立ち塞がる。

 その男の顔を確認し、そいつが自分の知っている奴であるという事が分かり、嫌な予感が身体を突き抜ける。


「おぅ、誰かと思ったらゼフやん。 今まで何処行っててん、落ちこぼれ召喚士さんよ」

「グルゴルか……」

「おぅよ、それでそのかわい子ちゃんは誰? 俺への貢ぎ物?」


 それを聞いたサンは身体をゼフの後ろに顔を隠すようにして怯える。


「…… 違う」

「あぁ、そうか。 で? 舐めてんのお前」

「いや、そんな事はない」

「お前馬鹿やな、俺が言った意味分かってないやろ。 お前が嫌われた理由もあんま理解してないやろ?」

「それは理解している…… 俺が遠ざけただけだ。 仲間は信用ならんからな」

「後つけ加えるならお前は危険やからや。 俺は色んな研究の論文を見るのが好きやねん。 そんな中で一つおもろいのがあった」

「お前にそんな趣味があったとはな…… 意外だ」

「特に話したりせんかったからな。 その論文の作成者はアデル・ザ・ハデス。 お前も知ってるやろ? 好戦覇帝の異名を持つ覇王の役割のジジィや」

「それぐらい知ってる、それが一体なんだと言うんだ?」

「ハデスはなしてたんよ…… 召喚士を育てて強くするという研究をな」

「…… なんだと?」

「驚いたやろ? しかもこれだけじゃない。 育てる召喚士は全て魔物主体やったらしいわ。 お前みたいなな。 やけど、結果は実を結ばんかったらしいわ。 だけど、最後にこうも書いてあったわ。 やり方さえ分かれば魔物主体の召喚士は宇宙最強の職業だと」

「…… そうか、俺が嫌われていた理由の一つはお前が原因か」

「あぁ、そうや。 でも、久々会ったらビビったで。 お前リジ手に入れてんな」

「運が良かっただけだ」


 こいつと話しているとバレる。

 そう思ったゼフはグルゴルの脇をすり抜けようとする。

 しかし、グルゴル以外の冒険者がそれを許さない。


「理解したか? お前は嫌われてんだよ。 逃すと思ってるんか?」

「…… そうか、ハッタリはやめたほうがいい。 お前らはやる気ないだろ」

「…… ブハハ! なんやバレてもうてたか。 まぁ、こん中ではやらんわ。 ここのマスター滅茶苦茶強いらしいからな。 ほな、外で待ってるわ」


 グルゴルはそう言うと、数十人の男達と共に冒険者組合を出ていく。

 それを確認したゼフは助かったと安心し、深いため息をつく。

 そして、向かうのだった。

 受付にやるべき事をしに。

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