第196話 弱い
「弱くなった…… だと?」
ジフから放たれた聞き捨てならない言葉、それに我慢ならなかった。
前より強なったというのなら分かる。
リジも覚え、終焉種を従えているのだから。
ならば何故弱いと言われたのか、それがゼフには理解できなかった。
「理解できなかったか…… ならば、分かりやすく教えてあげよう。 ゼフ、君は様々な魔法を使い、逃げに徹する事ができる。 それが強みであった。 確かにわしが見た限りでは弱点目あった。 しかし、今ほど明確ではなかった」
「…… 一つ聞きたい、俺はお前に関わった事などない筈だ。 それなのに何故俺を知っている?」
「遠くから見ていた、ただそれだけじゃ。 わしは期待しておったのじゃよ。 そのまま行けば少し変わった戦い方をする召喚士になれたじゃろう。 だが、それではダメじゃな」
ジフという男が言っている事は正しい。
もしも、蟲達の能力強化に重点を当てず、自身の魔法や能力に当て、蟲達は適度に戦えるようにすれば、いずれSランク冒険者になれただろう。
だが、逆に言えばそこまで行けばそれより上は望めないという事である。
ジフは典型的な安定型の人間で、常に上の者には媚びへつらい、下の者にはその力を振るうこの世界に来た俺みたいな奴だ。
だから、ジフはこれ以上成長する事はないし、奴自身もそれを望んでいない。
いや、普通はそれが正しいのかもしれない。
小さい枠の王、それで十分だ。
その先は茨の道、自らを削って辿り着く極地。
故に強い奴は性格が破綻していたり、感情が死んでる者が多いと聞く。
だが、関係ない。
自分が弱くなった、それはただのジルの感想だ。
安定を求めるだけの奴に何かを言われる筋合いはない。
「黙れ…… お前が宇宙で一番強いならその言葉を信じただろう。 だが、お前は唯の冒険者。 神になる事すら恐れた男に何かを言われる筋合いはない」
「…… そうか、ならば仕方ないの。 クレアイドロ、好きにやるんじゃ。 すまんの、付き合わせて」
「とんでもないです…… さて、どうするゼフ? お前の蟲は全滅、それに見てみろよ」
そう指差す先は自分が展開したドームだ。
だが、クレアイドロが指しているのはそれじゃ無い。
その先、ドームの外側に更に自分が展開しているドームすら包み込むようなドームが見えた。
流石にこっちに来て感化されすぎたか、すっかり戦いといものを忘れていた。
このドームは向こうでは暗黙の了解として、被害が出る戦いに使う事になっている。
勿論、それをやらなくてもいいが、そうなればそれを望まない奴らに何をされても文句は言えない。
しかし…… いつドームを使ったのか分からなかった。
これ程の奴を倒せるのか、いや倒すしか無いのだ。
ゼフはそう考えると、サンのメイド服の中に手を入れる。
それに驚き顔を赤くするサンだが、別にそういう意図があったわけでは無い。
取り出したのは召喚石、しかもとびっきりの隠蔽と阻害魔法を使った代物である。
それに魔力を込めようとすると、クレアイドロ含めた三人の男達がこちらに距離を詰めてくる。
流石は場数を踏んであるだけはある。
これが何か瞬時に理解したのだろう。
しかし、ジフの強化魔法を施されている彼らでもギリギリ届かなかった。
勢いよく召喚石から飛び出した蟲はゼロ・ダークネス。
しかも、リジを込めて召喚したものだ。
ゼロ・ダークネスはクレアイドロ達の攻撃をいなし、三人に斬撃を振るう。
しかし、それは防御魔法であるウォール、それを何重にも使っていたらしく、百枚ほど割るだけに終わる。
それを確認したクレアイドロ達は距離を取りこちらの注意を伺いながらブツブツと喋っている。
その隙にゼフはサンに命令を下す。
「サン、今から言う事を聞け。 まず、お前の身体に仕込んだ残りの召喚石、確か後二つだった筈だ。 それを俺に渡せ。 もう一つは何があっても俺から離れるな」
「分かりました! ゼフ様!」
「よし…… 来るぞ!」
そう言った瞬間、まるでそれが分かっていたかのようにクレアイドロ達が右、左、真ん中と分かれてこちらに突撃してくる。
更に悪い事に攻撃魔法をBランクの二人は一秒に約五千、クレアイドロは軽く五万を超える数を放ってくる。
それを防御魔法や同じ攻撃魔法で対抗するも限界がある。
それに今はただ傍観しているだけジフが加われば今の状況を覆す事が厳しい。
いや、この状況だからこそ未だに勝機はあると言ってもいい。
ゼフは二つ目の召喚石を受け取り魔力を込める。
現れたのはハ・ダース。
同じくリジを込めて召喚した蟲だ。
とりあえず、ゼロ・ダークネスはクレアイドロの持つ剣を鎌で何千回といなしながら、それに加えて奴の使う魔法を全て無効化している。
しかし、戦況は良く無い。
ハ・ダースが残り二人を魔法で圧倒するも場所が悪い。
それが証明されるが如く雨のように使われる魔法の中を掻い潜り、一瞬にして木の杖を持っている男がゼフに詰め寄る。
「死ねえええぇぇぇ!!! ゼフうううぅぅぅ!!!」
そう叫び、持っている杖…… ではなくレイピアでゼフを突く。
勿論、防御魔法を使いそれを防ぐが、そんな事お構いなしと凄まじい攻撃の雨がやって来る。
そいつの攻撃では一度に一つの防御魔法であるウォールを突破しているがかなり不味い。
そいつの攻撃は一秒に軽く一万を超える。
かなりスピードよりの魔導士…… いや、杖は恐らくカモフラージュであり相手を油断させる為だったのだろう。
恐らく剣士か何か、そうでないと説明がつかない。
対して自分に使った防御魔法は約五十万。
簡単に突破される数だ。
ゼロ・ダークネスやハ・ダースが助けに来ようとするがその僅かな隙にどちらも魔法による攻撃が直撃する。
万事休すかと思ったその時、サンが三つ目の召喚石を手渡す。
それに急いで魔力を込める。
すると、勢いよくレイピアを持った男が吹き飛ばされる。
「間に合ったか……」
そう安堵の言葉を呟くゼフの目の前には赤く燃え上がり、人と同じ大きさであろうカナブンのような蟲が鋭い牙をチラつかせていた。
「コア・クリムゾン…… あいつを殺せ」
そう言って吹き飛ばされた男にこれでもかという数の魔法を打ち込む。
数にして秒間十万を軽く超えており、男はそれに対抗すべく魔法やレイピアを使う。
しかし、そんな物は意味はない。
他の蟲達は腐食と音という能力が殆ど占めており、これは対策されれば意味を成さない。
それに対して、コア・クリムゾンはその中で特質する点がある。
勿論、殆んどの能力はジフの阻害魔法により無効化されるだろう。
しかし、一つだけあるのだ。
高位の阻害魔法を使わなければ隠蔽魔法などを突破する事ができない能力が。
そう、炎系の能力や魔法の強化という単純な能力が。
レイピアの男はコア・クリムゾンの攻撃に耐える事ができず一発食らう。
そこから瓦解し、二発、三発と食らっていき、回復魔法で回復する前にその肉体を燃やし尽くした。
「エデル……」
斧を持つ男がそうポツリと呟き、初めてその男の名を知ると共に念の為にエデルという男の蘇生魔法を阻害する。
「それがあいつの名前か…… しかし、不憫な事だ」
それは単純な能力程より高位の阻害魔法が効き、複雑な能力程、低位の阻害魔法か効く事だろうか。
勿論、双方の実力が拮抗していたらの話だが。
まずはジフの強化魔法で強くなっているあの二人をなんとかしなくてはならない。
ゼフは斧の男に語りかけるように口を開く。
「ジフに裏切られたのだからな」
「なに……」
単純な嘘、しかしそれだけで斧の男の気が緩みハ・ダースの魔法を喰らう…… 何発も。
その男の末路は言うまでもなく、その死体に阻害魔法を使う。
そして、クレアイドロを見つめる。
その顔は少しずつ恐怖に変わる。
「じ、シフさん! 助けてくれよ! あんたと俺なら楽勝だろ!」
「クレアイドロや…… それはわしが引き受けた内容と異なるが?」
「だったら! 最初に攻撃したのだって! 契約違反だろ!」
そう攻撃を避けながら文句を垂れる。
非常に器用な男だ。
「そうか…… なら仕方ないの」
「ようやく…… 嘘だろ、待ってくれよ! どうして強化魔法を! た、頼む!」
「逝ね、誇りなき戦士よ」
ジフに見捨てられたクレアイドロはあっさりとゼロ・ダークネスの鎌に斬り捨てられる。
阻害魔法を使った後、ゼフは三体の蟲の後ろに隠れながら話しかける。
「お前が最後だ」
「わしが最後か…… フフ、まさかそのような言葉を聞けるとは思わなかった。 しかし、随分と蟲を召喚したんじゃな。 それに矮小な生き物も沢山。 これが君の望んだ世界か?」
「ああ、そうだ」
「失笑だな、わしは今まで幾多の召喚士を見てきた。 その中には強者もいた。 だが、そのような戦い方をした者など見た事ない。 だから、最後に聞こう。 何故…… 弱くなる?」
「弱くなる…… それは違う。 確かに俺自身は弱いかもしれない。 だが、俺には蟲達がいる!」
「そうか! ならばその蟲を殺し、この戦いに勝ち、全ての生き物を殺した後、この星を砕いて見せよう!」
そう嬉々とするジフにゼフは一斉に攻撃魔法を放つ事を命令するのだった。
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