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第195話 気付かぬ代償

 回っている運命の歯車。

 それは当たり前であり、これからもそのままだろう。

 現にゼフはそう思っている。

 玉座から見下ろす景色が変わらないようにそれも変わらないのだ。

 しかし、彼は一つ大事な事を見落としている。

 それは絶対にあってはならない事。

 運命の歯車に異物が侵入する。

 そう、この結末を許さない者がいるかのように。

 ブォン、と凄まじい音が響く。

 それに呆気に取られるゼフとサン。

 見えている範囲には特に異常はない。

 その音の発生源は一体何処か、それは自分の左斜め後ろである。

 ゼフはゆっくりと顔をそちらに動かすと、そこにはなんと穴があった。

 半径にして一メートル程だろうか、人が一人入る事ができるそれは禍々しい音を立てながら存在していた。


「…… 何だあれは?」


 突然現れたそれが理解できない。

 いや、理解しようとしないというのが正しいのかもしれない。

 そもそも何故今にになって自分をこちらの世界へ連れてきた災厄の事を思い浮かべるのか。

 どうしてあれで終わったと思っていたのか。

 もしかするとそれが災厄としての効果の一つだったのかもしれない。

 ならばこれは一体どういう効果だ?

 だが、全てを決めつけるのはまだ早い。

 ゼフはこの世界に来て本当に嫌な予感を感じる。

 額には大粒の汗が流れる。


「…… ゼフ様」

「…… 大丈夫だ、心配するな。 だが、お前は俺から離れるなよ」

「はい……」


 ただ穴が空いただけ。

 大したことではない。

 しかし、何故か悪寒が止まない。

 その穴の先は見えないので、どうやら次元へ繋がっているわけでは無いらしい。

 つまり、何処か別の場所…… もしも、自分をこの世界に連れて来た災厄の続きなら別の世界に通じている可能性もある。

 ここは慎重に様子を伺うべきだと。

 そう思った時、何かがこちらに近づいてくるのを感じる。

 別に穴の中で探知魔法に引っかかったわけでは無い。

 その逆だ、探知魔法を阻害魔法で無効化してきたのである。

 そのおかげでそれを特定できた。

 だが、それが何かまでは分からない。


「サン、来るぞ」

「はい、ゼフ様」


 そうして足音が聞こえ出し、現れたのは鉄の鎧と腰に片手剣を装着しているバンダナをしている茶髪の若者である。

 一見何の変哲もない奴…… そう思っていると更に二人出てくる。

 一人はスキンヘッドの目が細い男、服装は革鎧を着ており、武器は腰につけた二本の小さな斧である。

 そして、もう一人は青黒いローブを着ており、背中にその者と同じ宝石が嵌められた木の杖を背負っている。

 ゼフはそいつらの持っている武器から目を離せないでいる。

 武器は特に何も効果が無いと思いがちだが、それは全くの大間違いである。

 近距離武器は自分の攻撃と防御を上げる。

 対して遠距離武器は速度と攻撃である。

 また、その武器の大きさやレアな素材を使っているかどうかでその恩恵は大きく変わる。

 因みにゼフが武器を持っていないのは、それをさせまいと考える奴に邪魔されたからである。

 それとこの世界の奴らには使う必要も無かったからである。

 だから、ゼフは懐から本のようなものを取り出し男達を見据える。

 すると、茶髪の男が口角を上げ話し始める。


「お前! ゼフじゃーん! 何してんの?」

「…… クレアイドロ」

「あ? 何、呼び捨てしてんだよ? Aランク冒険者のクレアイドロ様だろ? Bランク如きが生意気言ってんじゃねーよ!」


 その言葉に激昂したサンが飛び出そうとするが、それを強く抱きしめて抑える。

 サンの顔がそれだけで赤くなる。


「何? お前、女なんか作ってんの? ていうか、何だよここ?」

「…… お前に答えを教える義理はない」

「そう言わずに…… ね?」


 そう微笑みを浮かべるクレアイドロだが、次の瞬間にはキィンという音が響く。

 どうやら肩代わりが発動したらしく、近くに待機していたアイアンGが三体絶命する。

 こいつはグリムとは違う、正真正銘の強者だ。

 だが、所詮はAランク。

 後ろにいる二人も見た事ある。

 確かBランクだった筈だ。

 ここまで来れば流石のゼフも気付く。

 この穴の先は元の世界と繋がっていると。

 ならば即急に対処しなければならない。

 ゼフは蟲達に命令を下す。


「殺せ、手加減はするな」


 その瞬間、自分を中心に城を覆う程のドームが展開され、そこにゼロ・ダークネスとハ・ダースが全て転移してくる。

 これで負ける事はない、奴らは少し顔色を変えて魔法で対抗しているようだが、じきに阻害魔法が奴らのすべてを無効化するはずだ。

 腐っても終焉種だ、魔法の攻防では負けない。

 しかし、何故か奴らの表情には笑みが浮かんでいる。

 嫌な予感だ、そう思った時クレイアドロが叫ぶ。


「なるほどな! こんなとこで好き勝手やっていたとはな! だが、お前は勝てねぇよ!」


 クレイアドロはそう言って自らの身体からリジを放出する。

 来る…… と思ったその時、凄まじいリジを穴の奥から感知する。

 それにゼフは少し怖気つく。

 この量は流石にあり得ない、召喚したゼロ・ダークネスとハ・ダースですら少しずつ後ろに下がっている。

 そして、その中から現れたのは一人の老人であった。

 小柄であり、その表情は慈愛に満ちているように見える。

 その老人は伸び切った沢山の白い髭を触りながら呟く。


「あぁ…… クレイアドロ、面白い事になってるの」

「そうですね、ジフさん」

「…… ジフだと? まさか…… あの、Sランクのジフだと?」


 それは絶望的であった。

 冒険者の中で最も強いと言われているSランク、しかもかなり有名な奴だ。

 自分の腕を見ると震えているのに気付く。

 いや、それでもSランクに勝てる戦力は揃っている。

 それならまだ…… そう思った時、ジフは口を開く。


「トバン、っと……」


 それは単なる言葉、しかし近くに転移してきた終焉種がそれで全て身体の半分を失って血を噴き出していた。

 あり得ない…… 何故なら戦いでは阻害魔法や隠蔽魔法のやり取りがあり、それを突破しない限り例えSランクだろうが例外を除いて自分の能力で大幅に強化された終焉種に攻撃する事などできない。

 しかもドームの外の蟲達も同じように魔法を使っている。

 つまり、こいつは蟲達が使っていた全ての魔法に打ち勝ったという事だ。

 そして、ジフは呟く。


「ゼフ…… 弱くなったの」


 それがゼフがこの世界に来て何も得る事ができない大きな代償であり、本当の怪物を初めて目の当たりにしたのだった。


 

 

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