第178話 ローグの森

 一方その頃、別働隊であるイチは増蟲に引かれた客車に乗り、ようやくローグの森に到着した所であった。

 だが、問題なのはそこにいる人間はイチだけではないという事である。

 目の前に向かい合うように座るヘラヘラと笑いを浮かべながら外を見つめる男。

 人間牧場管理長であるレオだ。

 そして、その隣にはゼロ・ダークネスがこちらに睨みを利かせながら大人しく座っている。


「今更っすけど、なんであんたがいるんっすか……」

「何言ってるんですか、俺達の仲じゃないですか」

「いつ仲良くなったんすか。 というか、人間牧場だったっすか? それの管理はどうしたんっすか?」

「ああ、あれですか。 それに関しては心配いらないですよ。 全て部下に任してきましたから」

「本当にそれでいいんすか……」

「はい、別に構いません。 兄貴にも忙しいなら無理はするなと言われましたけど、暇だったんでね」

「ちゃんと働いてるんすか?」

「ボチボチですよ。 何か起きても蟲達が勝手にやってくれるんで書類作業ばっかりですけどね」

「俺のところもそんな感じっす」


 結局は仕事の話ばかりになる。

 イチは出来る事なら剣を語れる人物が欲しかった。

 欲張りは言ってはいけないというのは分かっている。

 だが、それでも人間とはそんなものだ。

 少し前までは奴隷という立場だったというのに、随分と出世したものだ。


「慣れって怖いっすね……」

「まったくです」

「そういや妙に静かっすね。 何か不吉な事が起きるんじゃないっすか」

「やめてくださいよ…… というか、兄貴から何も聞いてないんですか?」

「特に聞いてないっす。 ただ…… 戦いになるとは言ってたっすね」

「だから、このゼロ・ダークネス? が俺達の護衛に付いてるんですね。 なら大丈夫ですね、見た感じこいつに勝てる奴が想像できないですよ」

「そうだといいっすね……」


 そんな事を話し合っているとやがて客車が止まる。

 何かトラブルがあったのかとイチが外に出ると、そこには首から上がない増蟲がいた。


「えっ……」


 イチは咄嗟に辺りを見渡すが何もいない。

 そもそも増蟲は蘇生魔法をかけていた。

 つまり、死んでも生き返ってくるはずなのだ。

 だが、増蟲は一向に生き返ってくる事はない。

 そんな時、一本の矢が何処からか放たれイチの目の前で停止したかと思うと力なく地面に落ちる。


「ヒッ! なっ、何っすか!」

「まさかこれ程が弱気者を送ってくるとは…… 我らも舐められたものだ」


 イチはそう声がする方に視線を移すと、そこには若い男が右手に大きな剣を持ち近付いてきていた。


「だっ、誰っすか!」

「我の名は戦神ギエル、貴様らは?」

「イチっす」

「イチであるか、では中の者はなんという?」


 外の異変に気付いて隠れていたレオは恐る恐る外に出ると、ギエルを見つめながらゆっくり口を開く。


「…… レオです」

「レオとな、では弓矢を防いだのはそいつであるな」


 客車から顔を出したゼロ・ダークネスに視線を移す。

 防いだのはデス・レイであるが、戦神が勘違いする程ゼロ・ダークネスは脅威と感じていた。

 そこで戦神はイチ達に一つの提案をする。


「我は無駄な争いは好まん。 降伏するなら命の保障はしよう。 もし断れば、我が率いる百万の軍勢と協力を得ることができた災厄龍の一匹が率いるビースト20万が相手になるであろう」

「ひゃっ…… 百万っすか……」


 それは普通ではありえない数字。

 しかも地形は森という最悪な場所。

 そして、味方はゼロ・ダークネスだけ。

 流石に無理だと神に祈る。

 だが、今回は相手が神である。

 その祈りは虚空へと消える。

 そんな光景を見ていたギエルは口を開く。

 

「プレケケ、ここに参れ」

「はい」


 突如ギエルの隣に美しい女性が現れる。

 その笑みは聖母さながらであり、まさしく女神というのに相応しい美貌の持ち主である。

 しかも現れているまでその気配に気付けなかった。

 実力も相当なものであろう。


「我は今から此奴と戦う。 作戦とは異なるがプレケケは他の者のサポートを頼む」

「了解しました」


 そう口にしたプレケケはその場から姿を消す。

 そして、戦闘が始まるといった瞬間、辺りに凄まじいまでの音が響き始める。

 何の音か分からない。

 だが、それはイチとレオにとっては不快以外何者でも無かった。

 やがてその音が近づいてくると、空が漆黒に包まれる。


「何っすか!」


 イチはパニックになりながらそう叫ぶが、その漆黒の中から大量の何かがローグの森に向かってくる。

 そして、イチの近くに降りたそれは蟲であると視認するとこれが自らの主人であるゼフによるものだと理解する。


「先に言っててくださいっすよ……」


 そんな安心を口にするが、未だに目の前にはギエルが神妙な面持ちで剣を構えている。

 もう少し遅ければ降伏したかもしれないが、数の問題は解決した。

 イチはそう判断すると勢いよく口を開く。


「ギエルって言ったっすか? 残念っすけど降伏はできないみたいっすね」

「…… そうか、ならばもう容赦はせん」

「行くっす! あいつを倒すっす!」


 そう口にするとゼロ・ダークネス以外の蟲達がギエルに向かって攻撃を始めたのだった。



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