第176話 数
ゼフが黒焔龍デグドラスを倒した頃、一真達は既に表の世界への移動に成功し、レツェ平野にて戦いの準備を着々と進めていた。
数にして100万というふざけた数字だが、同じようなチームがもう一つあるというのだから驚きだ。
一真の両隣にはレイアとエトが控えており、その表情は今までにない程暗い。
そんな重い空気の中、エトは顎に手を当て呟く。
「殺られたか……」
「…… どうしたんだ、エト」
「ん? 何がだい?」
「いや、殺られたって言ってたから」
「ああ、いやね…… 最果ての地に住んでる災厄龍の七体の内の一体が殺られたみたいなんだ。 彼らとは食料の事で揉めていたから協力はしなかったけど…… なんだか悲しいね」
「…… ゼフの仕業か?」
「恐らくね…… 殺られたのは黒焔龍、支配していたのは確かオークだったはずだよ。 つまり、それがゼフの仕業ならこっちに来る」
「…… そうか、ならいつでも戦えるように準備しないとな」
「だけど、もしもの時の為に撤退も視野に入れておくんだよ? 特にレイア、君はフレイに考えずに突っ込む傾向があると聞いたけど、絶対だめだよ?」
「はい、分かっています」
レイアは力強く返事をする。
きっと一真自身もレイアの事は言えないだろう。
だが、自分はここで死ぬ訳にいかない。
絶対にやらなくてはいけない事があるのだから。
ゼフを倒す事は単なる通過点である。
「最後にこれは皆んなに言ってる事なんだけど、命の危険を感じたら帰還石を使って撤退するんだよ」
「帰還石ってこれの事か?」
一真は二センチ程の小さな石をエトに見せる。
それを確認したエトは笑顔で頷く。
「そうだよ、魔力を込めたら移動魔法が発動する仕組みになってるんだよ。 場所を固定する事によって少量の魔力で発動できるはずだよ」
「へー、そんな物だったのか」
最初に渡された時は何に使うか分からなかったが、かなり重要な石のようだ。
一真は無くさないように小さい袋に入れ、それを懐にしまう。
隣のレイアも同じようにしている。
そんな時、一人の獣人らしき男が障害物を綺麗に避けながらこちらに走ってくるのが見える。
見た目が完全に犬だが、これでも人間より優れているらしい。
そこで再び疑問が浮かぶ。
最果ての地には魔物、禁忌の森にはエルフ、それ以外は人間と魔族で構成されているこの世界だが、一体獣人はどこに…… いや、他の見たことない種族もだ。
そんな素朴な疑問をレイアに聞く。
「レイア、獣人ってどこに住んでだんだ?」
「さぁ、分からないわ。 ここにいる殆どの種族は生まれも育ちも次元らしいわ」
「…… そっか、ありがとう」
何ら不思議な事ではない。
大昔に救ったというのなら納得の理由だ。
だけど、数が少し多いような気もする。
何か、そう何かがおかしい。
一真はそれを考えようとした時、激しい頭痛に襲われる。
頭を必死に抑えて耐えるが、あまりの痛さに膝をつく。
「一真! 大丈夫!」
「…… ああ、問題ない。 少し頭が痛かっただけだ」
「そう…… あんまり無理しちゃダメよ」
「ありがとう、レイア」
そんな事をしていると獣人の男はエトの方に近づき口を開く。
「エトさん! 来ました!」
「…… 数は?」
「探知魔法で反応が出たのは四体、こちらに一直線で向かってきています」
「分かった、僕が前に出て指揮を取ろう」
「はい、お願いします!」
「一真とレイアはここに居てね」
一真とレイアはそれに何も言わずにただ頷く。
二人は理解しているのだ。
結局はゼフ自身に勝てる神がエトだけというのを。
勿論、目の前に現れれば即殺りに行くだろう。
だが、所詮はその程度。
ここで自分がやるというべきなのだろうが、二人ともここでは死ねない理由があった。
だから、何も言わなかったのである。
エトは二人に見送られながら沢山の仲間をかき分けて行く。
やがて先頭に到着すると、遥か先を見据える。
そこにはギリギリではあるが馬車のようなものが一台こちらに向かって来ているのが見えた。
暫くして、それを引いてるのが馬ではなく蟲である事に気づくと気を引き締める。
エトはゆっくり前に出ると、蟲に引かれたそれは停止し中から二人の人間が出てくる。
それは見知った顔、すべての元凶であるゼフとその奴隷であるサンである。
「…… 久しぶりだね」
「やはり諦めきれなかったようだな」
「何の事かな?」
「ククク、まぁいい。 よくもこれだけの数を集めれたもんだ」
「その点に関しては僕も思うよ。 それにしても約束を守ってくれるなんて意外だったな」
「偶々ここを通っただけだ」
「そうかな、君がここを通ったのは偶然じゃない気がするけど?」
「ククク、確かにここを通ったのは偶然ではない。 お前なら理解できるだろ?」
「…… 僕達を一網打尽にするためかい?」
「さぁな、それにしても数が多いな」
「君は勝てないよ。 一人一人が最低でも君の蟲を10体は倒せる力がある。 それが100万、勝ち目がないと見た方がいい」
「なるほどな…… という事は、蟲達を1000万は用意しないといけないのか。 流石の俺でも瞬時に召喚できないな」
「だったら――」
「この際だ、ハッキリとこの場でつけるとするか。 安心しろ、お前が対策していたであろう終焉種は使わないでおいてやる」
「本当にそれでいいのかい? 使わないと君に勝ち目はないよ」
「いや、使わない。 だが、いい事を教えてやる」
その瞬間、エトが何かに気づく。
ここまでは全て完璧だった。
終焉種の対策はしたし、一千万という数は召喚したとしても維持できないであろうと考えていた。
しかし、一つ大きな見落としをしていた。
それは別にゼフ自信が蟲を召喚しなくても問題ないという事である。
恐らくそれをやったのはジ・ザース唯一匹。
しかもデモーンを殺した時ぐらいだ。
それを知らないエトは空一面が段々と黒く染まっていくのに恐怖を覚える。
「ククク、自分の策が完璧だと考えもしなかっただろ? 確かに俺一人では勝てなかった。 だが、俺には蟲達がいる。 そう、約一兆匹の蟲達がな」
こうして神とゼフの戦いが幕を開けた。
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