第175話 黒焔龍

「…… フ様」


 誰かが自分を呼んでいる。

 だが、周りには何もない。

 ただ黒い空間が広がっている。

 ここは何処か?

 いや、理解はしている。

 自分は数時間前眠りについた。

 つまり、ここは夢の中。

 呼んでいるのは恐らくサンだろう。

 ゼフは起きようと力を振り絞ると、その空間が無くなり目の前にサンの姿が見えた。


「ゼフ様、お休みのところ申し訳ありません。 進路に大きな村がありましたので起こさせていただきました。 如何なさいますか?」

「ああ…… そうか。 ただ真っ直ぐ行けばこういうこともあるのか。 俺としたことがこの程度も考えられないとはな。 それで俺らを襲う気配は?」

「いえ、そのような事は今の所無いようです」

「そうか、ならその村に住む魔物もろとも滅ぼして先に進もう。 こちら友好的かもしれないが、俺にはもう必要ないことだ」

「分かりました」

「だが、それを見るのも悪くない。 もう少し近づいたら外に出て見物でもするか」

「時間は大丈夫なのですか?」

「この程度は問題ない」

「分かりました」


 その後、約五分程揺られると急に止まる。

 ゼフはそれを確認したのち、サンを連れて外に出るとそこには一種の街と言われてもおかしくない程の大きな村があった。

 だが、所詮は魔物の作った建築物。

 使われている素材が木や石ばかりである。

 そんな光景を眺めていると、何処からともなく激しい風が吹き始める。

 地面には巨大な影が映っており、何事かと思い空を見上げるとなんとそこには、全身真っ黒な巨大なドラゴンがこちらを睨みながら降りてきていた。


「ぜ、ゼフ様!」

「ああ、分かっている。 まさかドラゴンが出てくるとはな」


 とは言っても、どうやらこの世界のドラゴンはデスワームと同じ部類という情報を既に得ている。

 だが、そんなことで油断はしない。

 偶々人間種で知られているドラゴンが亜種だったに過ぎないだろう。

 デス・レイに防御魔法と阻害魔法、そして探知魔法を使うように心の中で命令すると、目の前のドラゴンがゆっくりと口を開く。


「我は最果ての地に住まいし七匹の災厄龍が一匹、黒焔龍デグドラス。 人間がこの地に何用だ?」

「別に何も用はない。 ただここを通してもらえればそれでいい」

「それを信じると思っているのか!」

「いや、思ってない。 だから、災厄というおこがましい名前を持つお前を殺す」

「フハハハハ! 我を殺すというのか! それこそおこがましいというものだ!」


 デグドラスがそんな事を言っている中、ゼフはデス・レイに共有された探知魔法で読み取った情報を整理する。

 名前は特に偽っていない。

 魔物としてはこの世界で会った中で最も強い遷移種。

 扱う攻撃は火魔法や闇魔法、それ系統の能力などである。

 もしかしたらデグドラスの隠蔽魔法や阻害魔法をデス・レイが突破できないのかもしれないがそれはないだろう。

 それに、言動からこいつは馬鹿な部類だろう。


「ククク、そういえば後ろの醜悪な村はなんだ? お前のものか?」

「あれは我に忠誠を従う魔物の27ある村のうちの一つだ。 魔物の名前は確か……」

「オーク、そして最果ての地に住む七つの魔物にはそれぞれ災厄龍が支配して管理している、だろ?」

「知っていたのか……」

「いや、今知った。 だが、お前に探知魔法を使った結果、隠蔽や阻害といった魔法を覚えていない。 そんな奴からこの程度を調べ上げるのは簡単だ」

「我を愚弄するか……」

「まだ自分が上だと思っているのか? 弱体化の魔法を気づかないレベルで使ったが、それも気づかない。 普通の奴なら防ぐ。 だが、お前はしなかった。 もう少し魔法の重要性を理解していれば長生きできたのにな」

「我は災厄龍の一匹、黒焔龍デグドラス…… 我の力に恐れ慄くがいい! 『黒焔弾』!!!」


 デグドラスはそう叫びながら口の中から青黒い巨大な炎の球をゼフに向かって吐き出す。

 余りの熱量に周りの地面が燃え上がり、その攻撃がどれほど強力かを肌身に感じる。

 だが、ゼフは涼しい顔で護衛として隣に透明化の魔法を使って待機しているとある蟲に命令する。


「ハ・ダース、周りに被害が出ないように殺せ」


 ゼフがそう言うと、放たれた黒焔弾が何事も無かったよかのように消え去る。

 そして次の瞬間、デグドラスの耳に奇怪な音が聞こえたかと思うと、動悸、吐き気、目眩、頭痛などの症状が出始め苦しみ始める。


「ガアアアアァァァァ!!! なんの音だあああぁぁぁ!!! これはあああぁぁぁ!!! 今すぐやめろおおおぉぉぉ!!!」


 デグドラスは苦痛に耐えながらも飛んでいるが、ゼフはそれを見て笑っているだけだ。

 やがて視界が悪くなっていき、とうとうそれに耐えられず落下する。

 その光景を見ていたゼフはデグドラスにサンと一緒に近づくと口を開く。


「ククク、災厄か…… お前がそれを使えるなら俺はこんな所にはいない。 不快だ、消え失せろ」

「人間があああぁぁぁ!!!」


 デグドラスはそれだけを叫ぶと、身体が破裂して幾つもの肉片が空を舞う。

 余りにも災厄というにはダサい。

 しかし、本来災厄というものはゼフがこの世界に来た時に使ったアイテムのような常識すら覆し、理に反した道具や生物のことを言うのだ。


「…… ゼフ様」

「なんだ?」

「今のは一体……」

「ああ、あれか。 あれは音だ」

「…… 音ですか?」

「正確には音波というが、生物の種類によって聞こえる音というものがある」

「そうなんですね…… だから、デグドラスは音と言っていたのですね」

「そうだ、だがただ音を聞かしていただけではない。 ここに居る終焉種であるハ・ダースの能力である全てを終わらせる能力が働いた結果だな。 聞けば臓器はズタボロになっていき、正常な判断もできなくなり、最後は破裂する」

「それであんな死に方をしたのですね。 私達は大丈夫でしょうか?」

「音に対する対策をしていれば問題ない。 それに敵は殆どが魔物か神だ。 奴らには聞こえても俺らには聞こえない音だ」

「教えてくださり有り難うございます。 それでこの後は予定通りに行くのですか?」

「ああ、そのつもりだ。 行くぞ、サン」

「はい」


 ゼフとサンは客車に乗るとそのまま真っ直ぐ進み始める。

 数分後、そこにあったオークの村は跡形もなく消え去っていた。


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