第171話 出発準備

 バーナレクに帰還したゼフは最果ての地を支配するのをゆっくりと待っていた。

 先に仕掛けた蟲達は三日とかからずに全てを終わらせることができるだろうと思っていた。

 しかし、それを確認しに行ったイチの報告は思いもよらぬものだった。


「なんだと? つまり、俺が放った蟲達が全滅したということか?」

「はいっす、数は数えていないっすがあそこに住んでる魔物はピンピンして、その蟲達を喰ってたっす」

「…… そうか、念のために古代種を複数体召喚したのだが…… 殺られたという訳か」


 おそらく創造神と名乗る者には気づかれていないだろう。

 いや、そもそも前提がおかしい。

 自分の常識が通じないのならば、神が複数結託していてもおかしくない。

 それなら気づかれている可能性もあり、殺られても仕方ないだろう。

 しかし、そうなると向こうには軽く老王を超える存在が単体または複数体いることになる。

 ゼフはそんな事を思いながら口を開く。


「仕方ない、俺が行く」

「そこまでしなくてもいいんじゃないっすか?」

「問題ない、それに別に悪い事ばかりではない。 そこまで強くないと勝手に決めつけたのが悪かったのだ。 この借りは絶対に返す」

「それじゃあ何時ごろ出発するっすか? 自分的にその方が助かるっす」

「何を言っている、お前も行くんだよ」

「え? マジっすか?」

「ああ、ここは二手に分かれた方がいい。 俺の護衛の中で一番強いゼロ・ダークネスを貸してやろう」

「いいんっすか?」

「良いが、敵の大将は殺すな。 あえて逃すようにしろ」

「なんでっすか?」

「場所を特定するためだ。 残念ながら世界の裏側には俺にもできる範囲があるからな」


 イチは何を言っているのか分からなかったが、取り敢えずそうなんすっかとだけ答えた。

 ゼフは既に理解しているのだ。 

 神達は世界の裏側にいるという事を。

 だが、その行き方は難しく、圧倒的な力により空間を割る事と能力だけなのである。

 そして、入ったとしても無限とも思われるその空間で場所を特定するのは不可能に近い。

 魔力やリジを使えばすぐに特定できるだろうが、そんなものは魔法で防いでいるだろう。

 現在その場所に行けるのはたった一体。

 ゼフの足元に眠る終焉種のみである。


「イチ、余計なことはしなくていい。 そうすれば、お前が地獄を見る事はなくなるからな」

「…… 地獄っすか?」

「気にするな、それよりもサンに今の事を伝えてこい。 出発は一時間後だ」

「わ、分かったっす」


 イチはそれ以上追求することなく、その命令に従いサンの元へ向かうのだった。


✳︎✳︎✳︎


 サンは帰ってきた日から…… いや、その前からずっと他人の世話が上手くなるように練習してきた。

 その意図ははっきり言って分からない。

 しかし、それが自分の主人であるゼフの為ならと本で勉強する。

 そんな事をしていると、部屋がノックされる。


「はい、どうぞお入りください」


 そう許可すると入ってきたのはイチであった。

 久々に見たその顔をなんだか懐かしく感じる。


「なんかしてたんっすか?」

「介護の勉強をしていました」

「あのよく分からない命令っすか? まだ続けたんっすね」

「…… ゼフ様がそれを望んでいますので」

「そうっすか、それよりもメイド服なんか着てどうしたんっすか?」

「ゼフ様が許可してくださいましたし、私から見た感じでは気に入って下さっているような気がしたので着ているんですよ」

「成る程っすね、そんなことよりゼフ様から出発する事を伝えるように言われたっす」

「分かりました、すぐに準備して向かいます」

「それじゃあ、俺はこれで失礼するっす」


 イチはそう言い残すと部屋から出て行った。

 それを見届けたサンは開いてる本を見つめながら考える。

 自分は愛する主人の為にここにいる。

 介護をしろと言われた時は理解していなかったが、今ならなんとなく分かる。

 きっとこの先の戦いでゼフ様はそうなるのだろうと考えている事を。

 だが、そんなことは絶対させてはいけない。

 それが奴隷という自分の役目なのだから。

 

「絶対に死なせはしませんからね…… 私の愛しきゼフ様」


 サンは一人でそれだけ呟くとゼフの元へ向かう為に部屋から出ていくのだった。

 

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