第170話 戦神

「貴方…… ゼフを知ってるの?」

「知ってるというか…… 超えなければならない相手というか……」

「…… エトさん、治療は後でいいかしら」

「大体終わってるから、無理をしなければ大丈夫だよ」

「有難うございます。 一真と言ったわね? ちょっとついてきて」


 一真はそれに逆らう事なく従う。

 レイアはフレイの家を出ると、神殿のような大きな建物に向かって歩き始める。

 先程まで嫌悪している節があったのにどういう心変わりだろうか、そんな事を考えながら口を開く。


「どこに向かってるんだ?」

「神殿、貴方はゼフという人間に負けたんでしょ?」

「ああ、負けた。 あれは正真正銘の化け物だ」

「私も負けたの。 甘かった…… 最初は親しい仲間と三人で計画を練っていたの。 だけど、街で一番の剣士を仲間に入れた所から狂い始めた」

「裏切られたのか?」

「ええ、絶対にそんなことしないと思っていた。 けど…… それは予想の範疇だったわ」

「何があったんだ?」

「全ての魔族で軍を編成し始めたのよ。 逆らう者は殺してね。 その前にもさっき言った剣士のせいで仲間が何人も捕らえられたけど、そんなのは甘かったわ」

「軍を編成した…… じゃあ、どこかに攻めたのか?」

「皇都と言えば分かるかしら」


 一真はレイアのその言葉に衝撃を受ける。

 ありえないとは思っていたが、皇都と魔族は関係あったのだ。


「ああ、知ってる」

「だけど、皇都に攻めた時、一緒に同行していた蟲達が暴走してあっという間に魔族は私以外殺されてしまった。 そして、理解したわ。 ゼフは最初からそのつもりだったのだと」

「ついでに皇都もということか」

「そうよ、だから私はゼフを殺す為にここで力をつけているの。 今は無理でも、いつかは……」


 そんな話をしていると、いつの間にか神殿の前に到着する。

 そして、レイアはそこにいる護衛に少し挨拶すると中に入っていく。

 中はかなり広く、とてもじゃないがフレイの家と比較することはできない。


「かなり広いな」

「ここは、神達の希望なのよ」

「希望?」

「そう、戦神って言えば分かるかしら?」

「なるほどな…… それで俺は何しにここに連れてこられたんだ?」

「貴方には戦神に会ってもらうわ」

「随分と信用されてるようで、良かったよ」

「はっきり言って、私は人間を信用していない。 だけど、貴方には悪意は感じないわ。 だから、少しは信用するわ」


 レイアはそう言うと、魔法陣の中に入る。

 一真も同じように入ると、激しく光りだす。

 あまりの眩しさに目を瞑ってしまい、数刻後目を開けるとそこには別世界が広がっていた。

 遠くに何もない薄黒い空間、下を見れば神達の住まう建物が小さく見える。

 そして、目の前には見た目が20代の男が腕を組んで立っていた。

 その男にレイアは近づくと、笑顔で口を開く。


「戦神様、新しい仲間を連れてきました」

「うむ、ご苦労。 確か…… 一真と言ったかな?」

「…… はい」

「我は戦いを司る神、ギエルと言う」

「ギエル様ですか…… それで俺に何の用ですか?」

「そう慌てるでない。 まずは、この世界の事について語ろうではないか。 お主も気になっているのだろう?」

「気になってはいますけど……」


 確かに目覚めてからここが何処にあるとか、何の場所とか、詳しくは語られていない。

 一真はそれを大人しく聞くことにする。


「一真よ、あの黒く染まった場所を見てみよ。 あれは次元…… いや、今ある家なども全て次元にあると言っても良い」

「…… どういうことですか?」

「つまりは、一真の世界を表にするならば、ここは次元という裏の世界ということだ。 出入りするのは容易ではないが、敵という存在はいない。 しかし、何もない」

「…… 何も無い?」

「そうだ、この建物や人は全て表の世界から連れてきたのだ。 次元は果てしなく無の空間が続くと調査隊を派遣した時に確認できている」

「どうしてそんな所に住んでいるのですか?」

「それは…… うっ!」

 

 ギエルは一真のその問いに答えようとした時、頭を抑え苦痛の表情を浮かべながら膝を折る。

 それを見ていたレイアが叫ぶ。


「戦神様!」


 一真もギエルに近づこうとした時、黒く染まった次元に何かが動くのが見えた気がした。

 しかし、今はそんなことよりもとギエルに視線を移すが、手で大丈夫だと伝えていた。

 ギエルはゆっくり立ち上がると口を開く。


「心配は要らぬ、最近は頭痛が激しくてな。 またプレケケにでも見てもらう」

「戦神様……」

「さて、ここからは君を呼んだ理由だ。 我らは世界の均衡が崩れぬように見守っていた。 だが、最近はそれが崩れてきている」


 一真にはその言葉でなんとなく理解する。

 レイアがゼフという言葉に驚き、ここに連れてきたのもそれが理由だろう。

 ギエルは一真の予想通りの言葉を口にする。


「我と共に諸悪の根源、ゼフを討つ協力をしてくれぬか?」

「…… どうして俺なんですか?」

「はっきり言うと、一人でも強い仲間が欲しいというところだな。 だが、無理強いはしない。 しかし、時間がない故即急に決めてくれると助かる」

「…… 時間がない?」


 ギエルの言ったある部分に引っ掛かったのか、レイアは呟く。

 それを見たギエルは、申し訳なさそうに口を開く。


「レイア、お主にも言っておらぬかったが、奴は既に世界を手に入れる準備をしておる。 残りは、最果ての地に存在する全ての生物を虐殺すること。 今は森人種に接触しようとしている段階だが、近いうちにそれも終えるだろう」

「…… 戦いはもうすぐということですか?」

「そうなるな、戦いは一週間以内に起こるだろう。 我とエトを筆頭に勝利を手に入れる。 いや、手に入れなければならない。 そうしなければ、世界は終わりを迎えるだろう」

「…… 俺は受けようと思います。 ですが、条件として俺を強くしてください。 貴方を超えるぐらいに」

「いいだろう、だがそれは決して楽な道と思うなよ」

「はい! それと最後にいいですか?」

「ああ、構わん」

「あの黒く染まった次元には何もいないんですか?」

「ああ、いないと報告されている」


 その時、一真の脳裏に嫌な予感が浮かぶのであった。


 



 

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