第169話 選択

 一瞬で強くなれる。

 エトから放たれたその甘美な言葉は一真の心に大きな迷いを生じさせる。

 おそらく危険なやり方なのだろう。

 しかし、それがゼフという怪物を倒せるのなら仕方のないことかもしれない。

 だけど、本当にそれでいいのか?

 一真はニコニコと笑うエトを見つめながら考える。

 そして、一真は心が決まったのか口を開く。


「いや、止めておくよ。 きっと、そんなことはレアナ達は望んでいない。 自分の力でやってみるよ」

「…… そっか、それがいいと僕も思うよ」

「ごめん…… せっかく助けになろうとしてくれたのに…… すぐに強くなりたいと言ったと思ったら、自分の力でとか…… 矛盾してるよな」

「そんな事ないよ、それはみんなが思ってる事だからね。 まぁ、僕としてはアドバイスできるのは、神の中で一番強い戦神のところに行ってみるといいよ。 きっと助けになってくれるから」

「…… ありがとう」

「じゃあ、どこに行きたい? 一真の行きたいところならどこでもいいよ」

「…… なら、さっきフレイ様に頼まれた事を先にやろう」

「わかったよ、だけどフレイには様をつけて、僕は呼び捨てなんてなんか負けた気分だなー。 僕の方が偉いのに」

「まぁ…… 法都に祀られてる神の一人だから、呼びてはなんだか気が引けて……」

「別にいいけどね、その方が僕としても接しやすいし」

「助かるよ」


 その後、一真はエトと一緒にフレイの家に向かって歩き始めた。

 道中は見たことのない種族や神などを見ながら、特に退屈する事もなく進んでいく。

 そして、10分程して到着した建物は、他と大きさも色も変わらないものであった。

 エトはそんな建物の真っ白な扉をノックする。

 すると、数秒後中からフレイが顔を出した。


「あれ、エトじゃん! 随分と早いねー」

「一真が行こうって言ったからね」

「やっほー、一真! 数分ぶり!」

「珍しい言い方しますね……」

「そんな事ないよ、さぁ入って入って」


 そうフレイに促され中に入ると、そこには立派な角と羽を持つ美しい女性がベッドの上でスープのようなものを飲んでいた。


「レイア、連れてきたよー」

「師匠…… 私は問題ないって言ってるじゃないですか。 エトさんにも迷惑がかかるし……」

「大丈夫大丈夫、エトはいいって言ってたから」

「そうなんですか?」

「まぁね、僕は大丈夫だよ。 隣にいるのは今日来た一真、一応人間だよ」

「…… 人間」


 エトがそう言うと、明らかに嫌な表情をする。

 もしかして、何かあったのだろうかと思いながらも、無闇に聞くのは失礼と考え、まずは自分の自己紹介をすることにする。


「初めまして、名前は赤羽 一真と言う。 職業は魔法剣士だ。 他に言えることは…… 目標としているのは強くなりたいという事だ」

「…… レイア、職業は剣士よ」


 嫌悪されながらそう答えてくれて、一真は心の中でホッとする。

 

「さて、レイア。 今から少し見るからうつ伏せに寝てよ」

「分かったわ……」


 レイアはエトの指示に従い、ベッドにうつ伏せになる。


「一真はその間、フレイと話してるといいよ。 もしかしたら、何か掴めるかもしれないしね」

「ああ、分かった」


 一真はそう言うと、フレイの隣に行く。

 正直な話、名も知れぬ神ならまだしも、信仰の対象であるフレイにはどうも気が引ける。

 それを感じ取ったのか、フレイは小悪魔的な笑みを浮かべながら口を開く。


「緊張する?」

「…… しないと言ったら嘘になります」

「そっか…… 私ね人間の友達がいないんだ。 だから、一真がなってよ」

「いいですけど……」

「なら、敬語はなしね?」

「ちょっとそれは……」

「返事は?」

「…… 分かった」

「そう、それでいいんだよ」


 そんな事で喜ぶフレイを見た一真は笑みが溢れる。

 少し…… いや、かなり気持ち的に楽になった。

 そして、治療を受けているレイアを見つめる。

 一真知っている限り、彼女のような見た目をしているのは魔族だけである。

 もし、あの依頼書に書かれている事が正しければ、魔族はゼフに滅ぼされている。

 それが過度な修行に繋がっていることも一真には容易に理解できた。

 一真はそんな思いからか、ある言葉を思い出し呟く。


「フレイ…… 正義ってなんだろうな」

「正義ね、私にも分からないわ。 でも、そんなに深く考える必要ないと思うなー。 自分が正義と思うなら正義なんじゃない?」

「でも…… それが間違っていたとしたら?」

「私が止めてあげるわよ。 さて! しんみりした話は終わり! 楽しい事話しましょ?」


 唐突にその話を終えるフレイ。

 彼女なりの気遣いだと思うが、意外にも自分にはそれが合っているような気がした。


「楽しいことか、あんまり無いな」

「うーん、じゃあ一真は最強論に興味ある?」

「最強論? 誰が一番強いかってことか?」

「大体はそんなとこよ。 どう、面白そうでしょ?」

「まぁ、否定はできないけど」

「じゃあ一真が思う最強って誰? 私は断然、戦神様よねー」

「そう言えば、戦神ってどういう神なんだ?」

「ああ、そうか。 知らないのも無理ないわね。 戦神様はこの世界の神で一番偉い方なのよ。 一度剣を振るえば星を割ることもできるんだって」

「星を割るか…… それは凄いな」


 あまりにも想像できない強さ。

 漫画やアニメでしかそんなのは聞いたことがない。

 戦神…… その噂が本当ならもしかしたらと一真は考えていると、フレアがニコニコしながら話を続ける。


「それで一真はどうなのよ」

「そうだな…… 俺が想像するのは一人だな……」

「誰よ誰よ」

「…… ゼフ」


 そう一真が答えた瞬間、治療を行なっていたレイアが起き上がり、一真を見つめるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る