第152話 ついに

 あれから特に何かあったということもなく、時間が経過し、武闘大会当日となった。

 ゼフはサンを連れてこの街の闘技場に来ていた。

 人間というのは本当に戦いを見るのが好きだ。

 いや、知能がある全ての生物というべきか。

 そんな哀れな種族が大量に闘技場の中に入っていくのを見つめながらゼフは受付に向かい、そこにいる若い女性に話しかける。


「参加したいのだが」

「はい! お名前は何でしょうか?」

「ゼフだ」

「ゼフですか…… え? ゼフ?」


 受付の女性は先程まで素晴らしい笑顔を振りまいていたが、その名前を聞くや否や表情が固まる。

 何故そのような態度を取ったのか、それをゼフは理解している。

 それは三日前、アレクサンドラはゼフというこの街の新たな支配者が来ている事を演説で説明したからである。

 普通ならばそれを信じるというのがおかしい話だが、王の資質からか、民達はそれを疑うことなく、次の日にはあっという間に街全体へと広まっていたのだ。

 だから、受付のこの女性はこんな場所に来るとは思わなかったらしく、表情が固まっているのである。


「も、申し訳ありません。 私としたことがこのような悪態を……」

「別に問題ない、気にするな。 だが、少しでもその気持ちがあるなら、はじめに戦えるようにしてくれればいい」

「はい、それはもちろんでございます! では、エントリーを受け付けましたので、しばらくお待ち下さい」

「ああ、分かった」


 ゼフはそう言うと、サンを連れてすぐそこにある待機室に入る。

 中には30を超える者達がおり、各々が好きなように、瞑想したり、筋トレをしたりしている。

 ゼフはそれを特に気にすることなく、端に堂々と座る。

 サンは怯えながらも、ちょこんと可愛らしく隣に腰掛ける。

 武闘大会、ルールは至ってシンプル。

 魔法を使う事を禁止し、剣や斧などを使うことだけが許されているというもの。

 また、殺すことも固く禁じられており、そうなってしまった場合には罪には問われないが、失格になるというものである。


(以外にも暇つぶしになるな…… さて、仕込みはどうなっているか)


 ゼフはアザメロウにそれを確認するように命令すると、まだという意味の身体を擦る動作をしてくる。

 それを確認終えると、目を瞑り自分の出番が来るまで静かに待つ。

 その間にも沢山の参加者が入ってくるが、特に何かいざこざがあると言うわけでもなく、やがてゼフの名前が呼ばれる。

 目をゆっくりと開け、立ち上がると、対戦者の名前も呼ばれる。

 すると、一人の男が立ち上がる。

 ゼフよりもひと回り大きい筋肉を見せつけながら近づいてくるが、何も言うことなく所定の位置へ案内されて行った。

 ゼフはそれを見届け、同じように案内される。

 後ろにはしっかりとサンがついて来ており、特にそれに追及されることはない。

 そして、案内されたのが、暗い部屋だった。

 その部屋には武器が沢山置いてあり、そして入場するための大きな入り口が見える。

 そこをじっと見ていると、案内してくれた男が口を開く。


「好きな武器を選んでくれ」

「ああ、分かった」


 ゼフはそう言うと、鉄剣を手に取ろうとする。

 だが、持ち上げることができない。

 仕方なく、デス・レイに強化魔法を何度もかけてもらい、ようやく持ち上げることができる。


「時間だ」


 案内してくれた男は入り口を指差す。

 

「サン、暫くここにいろ」

「…… はい」


 ゼフはそう言うと、入り口に向かって歩き始める。

 入り口を抜けた先は眩しいまでの光、溢れんばかりの観客の姿、そして剣を持った対戦相手の姿だった。

 だが、そこで違和感を覚える。

 先程まで何もなかった男の身体からバチバチとリジが溢れ出ている。

 ゼフはそれで理解する。

 あちらも潰しに来ているのだと。

 ゼフはそれを見て、笑ってしまう。

 辺りを見渡すと、リジが出ているというのに、観客などはそれに違和感を覚えている感じはしない。

 それもそうだろう、何故ならそれは普通の人には見ることができないのだから。

 見えるとするならば、同じようにリジを持っているか、またはゼフのようにそれが見える能力を持っているかである。

 凝眼、それは生物に流れているエネルギーを見る能力であり、未だに代償で捨て切れていない唯一の能力だ。

 ゼフは対戦相手に近づくと、ゆっくりと口を開く。


「俺はゼフ、お前は?」

「…… ゼフ? お前がゼフか! 俺はルベル、つい先程最強になった男だ。 まぁ、言っても分からないと思うがな」

「ククク、面白い男だ。 それで本当の狙いは何だ?」

「…… お見通しというわけか。 俺はお前を潰す」


 簡単にそう答える。

 コイツは馬鹿かと思いつつも、それは口に出さない。


「そうか、せいぜい足掻くんだな」


 ゼフはそう言うと、距離を取る為ルベルに背中を向けて歩き始める。

 その行いにルベルが追求してくることはない。

 ある程度、距離が離れるとアザメロウが仕込みを完了した事を知らせる為に、抱きついているその力を強くする。

 そして、剣を抜き構えると、まずルベルが飛び出してくる。

 とてつもない速さ、流石リジと言った所だろう。

 ゼフはルベルが放った斬撃を避けること叶わず、まともに食らってしまう。

 大量の血を吹き出し、ゆっくりと倒れる。

 それを見たルベルは不敵な笑みを浮かべる。

 だが、次の瞬間ルベルの意識は消え、同じように倒れる。

 その異様な光景を見て、あれ程うるさかった観客は静かになる。

 そして、ゼフは蘇生魔法が発動すると、ゆっくりと立ち上がる。


「ククク、どこかで聞いてる愚か者よ。 この程度で俺を止めれると思ったか? まぁ、いい。 俺は俺のことをやるだけだ。 早く止めないと手遅れになるぞ?」


 ゼフはそう言い残すと、その場から去る。

 後にルベルが死亡したことを確認されると、ゼフは失格扱いとなった。

 勿論、これはゼフが命令したのだが、それが公になることはない。

 ゼフはサンと合流し、回復魔法で傷を癒すと、ついに動き始める。

 そう、最後のピースを手に入れる為に。



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