第149話 未知なる干渉

 暫くは揺れが続き、一真や遠くで観戦していたレアナ達はバランスを崩して、その場に蹲み込んでいる。

 ゼフは特に体幹が強いと言うわけではないが、特に何事もないようにその場で直立不動の姿勢を維持している。

 サンはゼフの服を掴んで必死に耐えている。

 ゼフが何故バランスを崩さないのか、それは飛行魔法である。

 僅か数ミリ地面から足を離すことで、揺れによる振動を身体に伝えないようにしているのだ。

 そして、急にピタリと揺れが止む。

 まるで先程の光景が嘘のようだ。

 一真が恐る恐る立ち上がると、レアナ達の方から叫び声が聞こえる。

 咄嗟にそちらに視線をやると、何と地面が大きく凹んでいる。

 一真は駆け出し、そこに行くとレアナ達が砂に流され下へ下へと追いやられていた。

 頑張って登ろうとするが、砂が柔らかすぎて掴んだ瞬間に潰れてしまう。


「レアナ! ルナ! レイチェル!」


 一真がそう叫ぶと、レアナとルナが安堵の表情を浮かべながら上を見上げる。

 だが、ルナは依然として顔色が悪く、一真が助ける為に降りようとしたところ、咄嗟に叫ぶ。


「来るではない!」


 その声に一真は動きを止める。

 一真はどうしてだと、聞き返す前にルナが再び口を開く。


「お主は来るな!」

「…… ル、ルナ?」

「先程からやっておるが、魔法が使えん! これは罠じゃ! お主は逃げるんじゃ!」

「な、何言ってるんだよ!」


 魔法が使えない、その言葉に一真の足が止まる。

 おそらく本能が理解しているのだろう。

 助けに行けば死ぬと。

 そんな情けない表情をしていると、他の二人も覚悟を決めたのか口を開く。


「私達の事はいいから、逃げるニャ」

「…… え?」

「そうじゃよ、我らの事など気にせんでええ。 今は一人でも生き残り、情報を伝えることが大切じゃ」

「で、でも…… 俺が誘わなければ、歩夢の仇を討とうとか考えなければ…… こんな事には……」


 一真は涙を浮かべ、その場に崩れ落ちる。

 それを見たルナとレイチェルは何も言えない。

 だが、レアナはそんな一真を見て、声を張り上げる。


「一真!」

「…… レアナ」

「私達は冒険者よ! いつかはこうなる事ぐらい分かっていたわ! それについて行ったのは私達の意思よ! だから、自分を責めないで」

「だ、だけど……」

「一真、聞きなさい」


 一真は理解してしまう。

 これが彼女達の最後の言葉だと。

 そして、そんな彼女達を助けることができない自分がとても恨めしかった。

 レアナは力強い瞳で一真を見つめながら口を開く。


「逃げなさい、私達の事はいいから。 だけど、この先私達の事を忘れることができなくて辛いのなら、この世界にあると言われている無から生き返らせることができる、蘇生魔法のフューバーを探して。 そうしたらまた会えるから」


 その言葉を聞いても尚、立ち上がることはできない。

 そして、レアナは最後に目を瞑り口を開く。


「最後に一真…… 愛してるわ」

「え……」


 レアナは悔いのない美しい笑顔でそれを言った瞬間、彼女の身体が何かに引っ張られて引き摺り込まれる。

 そして、ある程度下の方に行くと、何かがそこから出てくる。

 見た目は蟻地獄をそのまま大きくしたような感じであり、唯一違うのは身体の色が黒であることだろう。

 その蟲はレアナに覆いかぶさり、そして砂の中に姿を消した。

 

「れ、レアナ…… レアナあああぁぁぁ!!!」

「ククク、随分と感動的な別れだな」


 気づかない内に隣までやってきていたゼフが不敵な笑みを浮かべながらそう呟く。

 一真はそれにより、再び剣を握り斬りかかる。

 だが、突破することはできない。

 しかし、それでも何度も斬りかかる。

 そこに恐怖はもうない。

 あるのは怒りのみである。

 ゼフはそんな一真を見ながら口を開く。

 

「デス・レイ、動きを止めろ」


 その瞬間、一真の動きは鈍くなり、やがて地に手をつく。

 動きたくても動くことができない。

 そんな光景を見てゼフは笑う。


「ククク、罠魔法による状態異常すらも防げないとは、本当に警戒する必要もなかったな」

「く、クソが……」

「哀れな奴だ、その程度で俺に挑むとはな。 砂喰蟲、他の二人も殺せ」


 ゼフがそう言うと、ルナとレイチェルも砂の中に引きずり込んでいく。

 だが、全くと言っていい程叫び声など聞こえないので、ゼフは少し残念に感じる。


「期待外れだな、少しは醜いほどに仲間を売る光景が見れると思ったんだがな」

「だ、だまれ……」

「まだそんな元気があるのか。 安心しろ、どの道お前も同じ運命を辿ることになる」


 ゼフのその言葉により、一真は大粒の涙を流す。

 これは決して恐怖からではない。

 自らの無力さ、そしてゼフへの怒りだ。

 動けないにも関わらず、ゼフに飛びかかるためにひたすらもがく。

 そんな時、一つの声が聞こえる。


――生きたいかい?――


 急に聞こえた声に一真は何故か戸惑うようなことはなかった。

 そして、力を振り絞って叫ぶ。


「い…… 生きたい!」


 一真がそう言った瞬間、その姿がゼフの前から消える。

 ゼフはそれに急いでデス・レイによる探知魔法を開始させる。

 正直な所、油断していた。

 敵は雑魚、救う価値もないと思っていた。

 だが、それは違ったようだ。

 暫くして、探知魔法を失敗したと、服の下に隠れているアザメロウから知らされると、頭を抱える。


「やられたな……」

「ゼフ様、大丈夫でしょうか?」

「ああ、問題ない。 とりあえずは、今やるべき事を終わらせる」

「分かりました」


 ゼフはサンの同意の言葉を聞くと、ゴゾクメに乗り、法都への進行を開始するのだった。

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