第109話 災厄の幕開け

上から殺していたと思っていた女が見下ろし、周りには勇者達がこちらを見つめている。だが、そんなことはどうでもいい。問題は目の前にいる男である。


「感動の再会というのになんだその反応は。 俺は悲しいぞ」


「別に会いたいわけではなかったからな。 まさかお前もこっちの世界に来てるとはな……」


「あれほどの魔法を行使できる魔道具なんだ当たり前だろ。こっちに来てから2年経ってようやく会えたんだ。 1年間お前を探していた苦労が報われたと言うもんだぜ」


「2年か…… 随分とお前がこっちに来てから時間が経ったみたいだな」


「そうだよ、別に俺はお前を憎んではいない。 むしろこんな世界に連れてきてくれて感謝している。 この世界なら前の世界の覇王のような立場になれるからな」


「そうか…… それは良かった……」


ゼフは落ち着いて話していたが、内心は非常に焦っていた。何故かというと先程から魔法を発動しようとするが使えないのである。それに召喚士の能力で蟲に命令を出そうとしているが、それもできない。


(何故だ…… 魔法が使えない。 一体いつそんなことをした? ここまでのものだと全く素振りを見せずに唱えるなど不可能に近い)


ゼフがそう考えているとグリムはこちらを見つめニヤニヤと憎たらしい笑みを作る。


「どうした? 魔法が使えないから困っているのか? 残念だが俺がやったのはそんな生易しいものではない」


「一体何をした? 考えられる限りではこの腕輪しかないだろう。 お前のことだ、外したとしても意味ないのだろ?」


「ご名答だ、それには阻害系の高位魔法パーフェクトロックが込められていた。 普通なら隠蔽や阻害で防げるがお前は少し傲慢すぎたな。 それによってお前が使える魔法はおろか全ての能力すらも使えない。 今のお前はそこら辺にいる一般人と変わらない」


「パーフェクトロックだと…… まさかお前が使えたとはな……」


「そりゃあ、あっちで使ったことねぇからな。 それでこの勝ち目がない戦いにどうやって勝つつもりだ?」


そう言うグリムだったが、ゼフに勝機がないわけではなかった。確かに召喚魔法を使えないが周りに蟲を数匹待機させているからだ。しかし、そこまで考えていたが意味のないことを悟ってしまう。


(ダメだ…… 周りにいる蟲以外にどうやって命令をすればいいんだ? おそらく声を出しても聞こえなければ意味はない……)


そう考えていると前から斬撃が2つゼフの横を通り過ぎる。何事かとグリムを見ると腰に刺してある剣を抜いていた。慌てて後ろを見ると透明化で近くに待機させていたアイアンGが2匹共縦に割れていた。


「気づいてないかと思ったか? 俺はお前に最大級の絶望を与えて殺すためにここにいる。 お前の蟲には退場願おうか」


「グリム…… 悪かった。 少しこっちに来てくれないか?」


「なんだ? 俺に大人しく斬られてくれるのか?」


グリムがそう言いながら近づいてくる。ゼフはその隙を狙い全ての操蟲を腰から放つ。しかし、今まで傷すら付けられることがなかった操蟲が全て頭から先が綺麗に斬られていた。


(予想はしていた…… 今まで麻痺していたがこれがあの世界のAランクか…… これで冒険者は戦闘職としては最弱と言われている理由がわからないな……)


「これが最後の足掻きか? 遅すぎて寝てられるぜ」


「グリム見逃してくれないか? 金ならアリシアの倍払う」


「そうだな…… それもありかも知れないが、なしだな。 俺は金で雇われているわけではない。 少し考えればお前だって分かることだろ?」


「アリシア! 頼む! 見逃してくれ!」


それを聞いたアリシアは酷くこちらを睨みながら深く息を吸う。


「貴方が私にやったことを忘れたのですか! 家族を奪い、居場所を奪い、街を奪った! これは今まで貴方がしてきたことの罪です!」


「お前はグリムに騙されてる!」


「構いません! 貴方より信頼できます!」


それを聞いたゼフは地面に両手をつき絶望する。このまま何もできないのかと。おそらく体に張り付いているアザメロウも戦力にならないだろう。


「終わりだゼフ、結構楽しかったぜ。 だが、所詮雑魚は雑魚ということだ。 だが、慈悲として最後の言葉だけは聞いてやる」


グリムは手に持つ剣をゼフの首元に当てる。


「もう俺は助からないのか?」


「そうだ」


「そうか…… 正直な話俺はお前が嫌いじゃなかった。 だが、あの世界で生き残るにはそうしないといけなかった」


「そういう世界だからな」


「俺が最初に覚えた魔法は確か防御魔法だった。 あの時が懐かしい。 お前は探知魔法で俺の魔力に限定してこの星の蟲達の数を把握したんだろ?」


「そうだ」


「それは勝てないな…… 俺は傲慢すぎた。 だが、グリムお前も俺と同じみたいだな。 ウォールだ」


それを聞いたグリムは慌てて剣を振るう。しかし、それは既に遅すぎた。

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