第71話 圧倒的な力

 デーモンがゆっくり目を開けるとそこには混沌が広がっていた。

 転移魔法、すぐに彼の脳裏に浮かんだのはそれだった。

 しかし、問題は場所だ。

 なんと目の前には巨大な惑星がゆっくりと自転していたからである。

 惑星の外で間違いないのだろう。

 彼も四二柱の悪魔の一体だ。

 これぐらいは理解できる。

 そして、それが自分のいる惑星であることも。

 しかし、この暗闇の空間…… 宇宙という空間は彼を持ってしても分からなかった。

 原理は分からないが呼吸もできるようだ。

 デーモンは身体を動かしながらその空間について調べ始める。


(動きづらいな…… だが、移動できないわけではないようだな)


 デーモンは平泳ぎのような動きで惑星の方へ近づいていく。

 ゼフという人間を殺すために。


(あの人間め…… 戻ったらただじゃおかん。 この世の絶望を全て味わわせて殺してやる)


 デーモンは怒りをあらわにしながらゆっくりと進んで行く。

 しかし、ある程度進んだところでデーモンはあるモノに気づき動きを止める。


(なんだあれは……)


 それは惑星の裏から少しずつ姿を現わす。

 最初は何か分からなかったが、それが巨大な生物であることに気づくと背筋が凍る。


「まさか…… あの人間がここに飛ばしたのは……」


 それに気づいたデーモンは喉を鳴らす。

 その生き物は惑星の一.四倍ほどの大きさを誇っており、見た目ははサソリのような姿だ。

 全体が紫色で覆われており、普通のサソリとは比べられないほど身体全体が厚い甲殻に覆われている。

 八つの巨大な目はデーモンを見据えているようだ。


「やばい…… あれはやばい……」


 デーモンはそれを本能で察知する。

 あれはとんでもない化け物だと。


(なんだあの怪物は…… 惑星よりもでかいなどありえん……)


 それは夢であってほしかった。

 しかし、頬を叩いても消えない事から叶わぬ夢だと認識すると、デーモンは身体が激しく震えだす。

 目の前の怪物は特に何もしていない。

 しかし、それでも恐怖のあまりのそこから動く事ができない。


(何故だ…… 何故こんな怪物がここにいるんだ……)


 今まで何もかも己の腕の力だけで乗り越えてきたデーモンは初めて圧倒的な強者を目の当たりにし、本能が早くここから逃げることを告げる。

 それも全ては、デーモンがゼフという人間を侮ったという己の傲慢さが招いた結果だった。

 しかし、デーモンはある事に気づく。


(いや…… こいつはさっきから動いていない。 運が良ければこのまま戻れる)


 デーモンは身体の震えを抑えながら再び惑星の方へと進みだす。

 こいつの名前はジ・ザーズ。

 ゼフが魔族領内で召喚した覇王種とはこいつの事だ。

 現在は休眠状態で力の一%も出せない状態であるが、そんな状態でもインセクト・ドラゴンと同等の力を持つデーモンを震え上がらせるのだから、覇王種とはどれほどの恐ろしい存在なのか理解できるだろう。

 それを警戒しながら進むデーモンはいけると感じる。

 少し心に余裕ができたのか、身体の震えが先ほどよりかはマシになる。

 しかし、デーモンは野生の勘で気づいてしまう。

 ジ・ザーズ以外になにかが近づいてきている事を。


(近づいてきてる…… なんだ…… 一体何なんだ)


 デーモンは心の中でそう叫ぶびながら後方を確認する。

 そこには軽く数百万を超えて億に到達しようかという数の蟲がこちらに近づいてきていた。


(ありえない…… この数は……)


 デーモンは移動するスピードを上げる。

 覇王種には共通の能力として、自分よりも弱い同種の魔物を召喚することができるというものがある。

 魔力と休眠状態という関係で一日の召喚数は数千万が限界だが、何体召喚しても維持するのに問題はなかった。


(後少しだ、後少し……)


 しかし、あと数キロというところで真横に羽音が聞こえる。

 そちらを見るとインセクト・ドラゴン、エレファント・ビートルなど様々な蟲が自分を見つめていた。


(我はここで死ぬのか…… 我は……)


 蟲達は魔法を付与する蟲によって飛行魔法を使って地上となんら変わらない移動速度を維持しているので、何もしないでデーモンが勝てる筈ないのだ。

 宇宙では飛行魔法を使えるかどうかで、生死が決まるのだ。

 デーモンはあらゆる蟲達に囲まれ絶望する。


「我が負ける? ありえん…… 我はお前ら全員殺して生き残る!」


 デーモンは拳を作り構える。

 それと同時に何万という蟲がデーモンに向かってきたのであった。

 それが、四二柱が一つ剛腕のデーモンの最後だった。



✳︎✳︎✳︎



 ゼフはデーモンをテレポートで飛ばすと、驚いてるレンを見て笑う。


「どうした? まさか予想していなかったわけじゃないよな?」


 その言葉で正気を取り戻したレンは嫌な汗をかきながら言葉を返す。


「予想通りさ……」


 しかし、それは苦し紛れのハッタリであった。

 転移魔法はこの世界では普通は一人で使う事ができない。

 それは魔力の問題である。

 しかし、目の前のゼフはいとも簡単に使ってみせたのだ。


(いや、奴の魔力はもうないはずだ。 それにどこに飛ばそうとあの悪魔を倒せるものはいないはずだ。 僕は悪魔が死なない限り死ぬ事はない。 まだ、僕が不利になったわけではない)


「『ファルト』」


 ゼフは再び魔法を唱える。

 レンは魔法が使えた事に驚くが、目に見える変化はない。


「…… 何をした?」


「ククク、お前は悪魔が死ななければ大丈夫だと考えていただろ? だから、お前の契約を破棄した」

「なんだと?」


 レンはその瞬間から力が抜けていくのを感じた。

 そして、その事が真実であると理解する。


「力が抜けていくのが分かるか? お前は破棄した事によって恨むかもしれないが、寧ろ感謝してほしい」

「どういう意味だ?」


 レンは焦りながらも問う。

 そして、今からでもここから逃げるために隙を伺う。


「デーモンは勝てない。 いや、俺が知ってるこの世界の奴らでは誰も勝てない。 そんな存在と奴は戦ってるからな」

「勝てないだと? ハッタリは僕には通じないよ」

「そう思ってもらって結構。 あれが最強と信じこんでるお前達では分からない事だ」

「それで…… 僕を殺すのかい?」


 レンは軽く脱出通路の方へ視線をやる。


「逃げたいのか?」


 レンはその言葉にまるで心臓が跳ね上がったかのような感覚に襲われる。

 しかし、そんな事は誰でも思いつくと心を落ち着かせる。


「逃げたいならさっさと逃げろ。 俺は別に何もしない」


 レンはその言葉を疑う。

 しかし、言動から脱出経路もバレてしまってる以上、これ以上何をしても意味はないと感じたレンはそれに従う。


「それならその言葉を信じて逃げさせてもらうよ」


 レンはゼフを警戒してゆっくり移動する。

 そして、ある地点に着くと床を外し、そこに姿を消していくのだった。


「それでいい…… お前は死んでもらったら困る」


 ゼフはそれを確認すると歩夢達の元へ向かう。


「ゼフ先生、お疲れ様です」

「二人は大丈夫か?」

「問題ありません」

「…… ゼフ先生だっけ? あんたすげぇよ!」

「そうか……」


 歩夢は今まで近くにいたのでさほど驚く事はなかったが、どうやら彼には刺激が強かったらしい。

 ケインが落ち着くと歩夢はそれに合わせて口を開く。


「ゼフ先生…… 一ついいですか?」

「なんだ?」

「ゼフ先生は考えていると思うんですが、どうしてレンを逃したのですか?」

「大丈夫だ、心配しなくていい。 奴はもう終わっている」

「そうですか…… ゼフ先生がそう言うなら信じます」

「それにしてもゼフ先生がいなかったら、俺ら全員死んでたのかもな。 本当に感謝してる」

「別に感謝などいらない。 全員救えなかったことが唯一悔やまれるな」

「いえ、ゼフ先生は頑張ってくれました。 だから……」


 歩夢は糸が切れたように泣き崩れる。

 それをケインが励ます。

 死んだ仲間の事を忘れるわけはいかない。

 今回の事は勇者達とケインの心に大きく刻まれただろう。

 ゼフはというと…… 笑っていた。

 こうしてそれに気づくことなく長い夜は明けた。









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