第68話 救世主

 柄から先の刃を折られた剣を翔太は地面に落とす。

 殺傷能力の無い剣など邪魔になるだけだ。

 だが、剣士は剣がなくなれば戦うことはできない。

 勿論それは絶対というわけではない。

 しかし、剣を持った状態でも勝てなかった相手というのが何をやっても無理だと思わせていた。


(ここまで…… ここまで差があるのか……)


 翔太はレンとの実力の差を感じる。


(見えなかった…… こいつはやろうと思えば最初から……)


 戦いは翔太の負けで終わった。

 だが、翔太にはもっと大事なことがあると感じており、今できる最大限のことを行動に移す。


「相手との力の差をしっかりと認識しないとこういう事になるって分かったかい?」


「ああ、確かにそうだな…… 武器をなくした剣士は案山子も同然だ。 だけど、俺には命を賭けて守らなければならないモノがある」

「真里亞と圭太の事かい? そうか…… 面白いね」


 レンはそれを聞き不気味な笑みを浮かべる。

 翔太はそれに危険を察知し、慌ててレンと真里亞の間に入り壁になる。


「どうしたんだい? そんな慌てて」

「ふざけるなよ…… お前に圭太と真里亞は殺させない」

「流石に分かるか…… でも、君達はどうせここから逃げれないんだから意味ないよ」

「黙れ、俺は俺のできる事をやるだけだ」


 翔太はそう言うと深く息を吸う。


「真里亞! ここは俺が時間を稼ぐ! なんとしても逃げろ!」

「い…… 嫌よ! 翔太! わたし…… わたし……」

「わがまま言うな!」

「翔太…… でも……」

「俺も後で追いつく。 それまで逃げ続けろ」

「あははははは、 君達面白いね。 逃げる? 無理に決まってるだろ?」


この部屋は閉ざされ、来た道もレンによって塞がれている。

仮にレンが塞いだ地下への階段を開けようとしても、女である真里亞が男であるレンですら苦労したものを持ち上げることはできない。


(いや、まだだ…… 考えろ、奴はどうやってここから出る? おそらく奴も綺麗にハマったあの床を持ち上げる事は骨か無理なはず。 だったら他に通路があってもおかしくない)


 翔太は今までのレンの行動を思い出し考えるが、翔太の頭では分かるはずもなく失意に溺れる。


(こんな時に圭太が正常な状態なら良かったんだが……)


「圭太があんな状態じゃなければと思ってるよね?」

「え……」

「そんな驚くような事じゃないよ。 誰でも思いつく事だからね。 だから、圭太は邪魔だと思ったんだよ」


 翔太は圭太のあの状態は流石におかしいと感じ始める。

 確かにショックを受けたのは分かる。

 だが、あそこまで普通はなるものなのか?

 そんな事を思っているとレンがその答えを告げる。


「君には縁がないと思うけど、魔法というのはねちょっとしたショックでも、再起不能になるほどの絶望状態にする事ができるものがあるんだよ」

「まさか…… お前……」

「残念だけど、もう圭太は助からないよ」

「お前は…… どこまで…… クズ野郎なんだ!」


 翔太はもう我慢の限界だった。

 まだ魔法で治る可能性もある。

 拳を強く握りしめながらレンを睨む。


「ふざけないで!」


 そんな怒りが最高点に達しようとした時、真里亞が立ち上がり叫ぶ。


「どうしてそんな事ができるの? 短い間だったけど、仲間だったじゃない」

「仲間か…… そんなものに価値を見出してるのか。 くだらないな……」


「くだらない? くだらなくないわ。 私は仲間に何度救われたか分からない。 あなたにはそれが理解できないの?」

「仲間などいたところで最後は裏切る。 そんな事をされるなら作らないほうがマシだ」

「そんな事――」

「あったから言ってるんだ。 お前らが考えてるほどこの世界は甘くない。 そうだ、一ついい提案を君達に授けよう。 圭太をこちらに渡せ。 そうしたらここから逃がしてやってもいいぞ」


 そうニタニタと笑いながら言うレンに対して翔太が答える。


「話はそれで終わりか? お前とはもう話すことはない」

「そうか、残念だ」


 レンは顔を少し俯かせ、ゆっくり歩みを進める。

 翔太はそんな無防備なレンに対して拳を振りかぶるが、簡単に避けられ腹に蹴りを入れられる。

 そして、翔太はそのままの勢いで壁の方まで飛ばされる。


「ガハッ!」


 それは今まで感じたことのない痛みだった。

 これが戦うという事なのだろう。

 痛みのせいか立つことも話すことができない。


「お前はそこで寝てろ」


 レンはそのまま真里亞の方へと歩みを進める。


「動かないで! 動いたら撃つわ!」


 真里亞はレンに対して弓を構える。

 その手は恐怖からか震えている。


「怖いか? 安心しろ、お前の攻撃はたとえゼロ距離だとしても当たらないから。 さぁ、そこを退くんだ」

「嫌よ! 私は仲間を見捨てるくらいなら自分が死んだほうがマシよ!」


 翔太はその言葉を聞き立ち上がろうとする。

 だが、立ち上がることができない。


(俺は…… 俺は守れないのか…… どうして……どうして俺はこんなにも……弱いんだ)


 次の瞬間、真里亞が矢を放つ。

 しかし、レンは言葉通り簡単にそれを軽く避ける。

 真里亞はは次の矢を装填しようとするが、その間にレンに詰められてしまい、首を掴まれる。


「君達はこの限られた場所では前衛の職の者しか有利に戦えないことは分かっているはずだろ? だったら唯一の剣士である翔太が負けた時点で分かるよね?」


 レンは剣を大きく振り上げる。


「いや…… いや……」


 真里亞は恐怖からか動くことができない。

 その瞳には涙を浮かべている。


「望み通り仲間のために死ね」

「や…… め…… ろ………」


 翔太が必死に訴えるもレンの剣は大きく振りかぶられた。


「いやあああぁぁぁ!!!」

「やめろおおおぉぉぉ!!!」


 だが、その剣は真里亞に届く事はなく、ギリギリの距離で止められていた。

 真里亞はそれに気づく前に意識を失い、その場所に倒れこむ。


「君達は生きたままじゃないと使えないから殺したらダメなんだよね」


 そう言いレンは圭太を軽く持ち上げる。

 圭太は既に廃人のようになっており、身動き一つ取らない


「…… やめろ」


 翔太は小さな声で呟く。

 それに反応したのか、レンは翔太の近くで歩みを止める。


「よくその程度で僕に勝てると思ったね? 仲間を守れると思ったね? 君は弱い、その程度では何も守れないよ」


 レンはそう言うと再び歩みを進める。

 翔太はその言葉を否定できない。

 何故なら、それが全て真実なのだから。

 もう、彼には抵抗する力は残されていなかった。


(さて、これで揃ったかな。 後少しなんだ。 僕の願いが叶うのは)


 レンは魔晶石のような物付近に圭太を下ろす。


「これでこの街ともおさらばだ。 僕が全てを変える」


 レンは不気味に笑う。

 最後の最後に予想外の事が多く起こったが、特に問題はなかった。

 バレでもいいのだ、負けなければ。

 すると、タイミングを見計ったかのように鉄の扉の一つが大きく音を立てる。


「やっぱり来るか。 それもそれでいいけどね」


 鉄の扉は少しずつ歪んでくいく。

 そして、ミシミシという音を立てて外れる。

 そこから誰かがゆっくりと中に入ってくる。


「久しぶりだな、レン」

「君こそ元気だったかい? ゼフ」


 ゼフは中に入ると、まずは状況を確認する。

 そんな光景を見ていた翔太には、例えそれが危険な相手だったとしても今は救世主か何かと勘違いしてしまうほどであった。


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