第64話 想定外

 ナラが何かに恐怖して逃げた後、歩夢達は急いでその後を追いかけた。

 しかし、施設が真っ暗でであり、さらには広大である為見失ってしまっていた。


「どうしよう…… 」


 歩夢はこの施設を闇雲に探すわけもいかなく困っていた。

 こんな事なら無理にでも連れ出すべきだった。


「歩夢はこの施設の見取り図は持っているのか?」

「一応圭太から預かってるけど……」

「ちょっと貸してくれないか?」

「分かった」


 歩夢は腰のバックから施設の見取り図を取り出すと、それをケインに渡す。


「うーん、こっちだ。 着いて来てくれ」

「分かった」


 歩夢はケインに言われるままにその後を着いていく。

  彼はどうやらこの暗さでも見取り図を正確に見れてらしく非常に頼もしく感じる。


「ケイン、どうしてこっちなの?」

「そうだな…… この見取り図によるとこの施設は複雑に見えてそうでもないみたいなんだ。 こっちの道を選んだ理由としてはローラー作戦をするのに効率がいいからだ」

「ローラー作戦ね…… やっぱり、楽に見つけることはできないのね……」

「残念だけど、そうだね。 ナラがいれば探知魔法で簡単に見つけることができるけど、今はいないからな」

「そうね…… どうしてナラは逃げ出したの?」

「…… 考えられないが、俺達には見えない何かが見えていたと考えるのが妥当だな」

「幽霊か何かかな?」

「幽霊か…… その可能性も考えといけないな」


 こんな会話をしているが、内心二人は焦っていた。

 何故なら歩夢の推理が正しかった場合、この施設にいる護衛者を殺した者がまだいる可能性があるからである。


「そういえばケイン、さっき見取り図をこの暗さで見ることができたのはどうしてなの?」


 歩夢は当たり前の質問をする。

 それにケインは特に嫌がる素振りを見せる事なく答える。


「俺の能力の一つで夜目と言って、どんなに暗い場所でも昼みたいに明るく見える能力を使ったんだ」

「そういう能力があるのね」

「ああ、この能力があるおかげで弓士としてはかなり活躍させてもらってるからな」


 歩夢は素直にすごい能力だと思った。

 そして、歩夢は自分の能力について考える。

 未だに圭太を除いた勇者達は自分の能力について理解していなかった。

 確かにあるにはあるが、それが何なの理解できるとこまで到達していないのである。か自分の能力について疑問を思う。

 そんな暗闇の中、突如誰かの叫び声が響く。


「なんだ…… 今の声は……」


 ケインは不安になりながらも口を開く。

 その声は恐怖すら感じるほどの苦痛に塗れた声だった。

 それがより一層歩夢達の恐怖を増長させる。


「考えたくはないけど…… 声の元に行きましょう」

「ああ、そうだな」


 ケインは近くに移動するだけならと了承を示す。

 そして、二人は静かに移動を開始し始める。

 歩夢の心拍数は今までに出したことのない数を叩き出している。

 だが、確認しなくてはいけない。

 歩夢は逃げないようにして、今起こりうる最悪のことを考えながらその場所に近づいていく。

 そんな事を考えているとメッセージの魔法が繋がる感覚に襲われる。


『ゼフだ、このメッセージには返信しなくていい。 まず、お前達が危惧していた護衛者を殺した者は俺が排除したから安心しろ。 そして、今歩夢達がはぐれているナラに関してだが、それはお前達の目で確かめろ。 それがどんな結果でも落ち着いて対処しろ。 以上だ』


 このタイミングでのこのメッセージ。

 おそらく何処からか自分達を監視しており、これを送ったのだろう。

 そして、歩夢は自分の考えが正しい可能性があると分かり、この先には行きたくないと思いはじめる。

 しかし、覚悟を決める。

 だが、心の隅で未だに信じている。

 暗い道を歩夢は祈りながら進むと、急にケインが歩みを止める。


「…… どうしたの?」

「この先だ、あそこに血溜まりが出来てる」


 ケインは数メートル先を指さす。

 覚悟を決め二人は進んで行く。

 そこにはガタイのいいスキンヘッドの男が腹から血を出し倒れていた。


(ゼフ先生が言っていた護衛者を殺した者ってこの人の事か……)


 歩夢はあの死体の山を見てからか、耐性がついたのかそこまで動揺しない。

 そんな自分が残酷に思える。


「…… こいつは誰だ? 護衛者か? じゃあ、この先に……」


 ケインは固まる。

 歩夢は何か分からず先に進むと、もう一つの死体が転がっていた。

 その姿は小さく儚げである。


「な……… ナラ……」


 それはさっきまで一緒にいたはずのナラだった。

 二人は立ち尽くすだけでその場から動くことができず、ただ呆然とするだけだった。


✳︎✳︎✳︎


「…… これで大丈夫なはずだ」


 ゼフは焦っていた。

 想定外というのは常に想定すべきだが、今回はそれ以上の事が起きた。

 歩夢とのメッセージを終えたゼフは息を吐き落ち着く。

 夜の街は静かであり、誰もいない道をゆっくりとゼフは歩く。


「それにしても…… デスGの凶暴性は想定外の高さだな」


 ゼフが召喚できるデスGは透明化の魔法を使うことができ、対象一人に対して透明化状態の自分の姿や声を見せることができるという蟲だ。

 絶望を与える事や暗殺ができるという今回にうってつけの蟲だった。

 しかし、人間を見たデスGは勇者達すらも襲いはじめた。


「まさかあそこまで人間に見境なく襲いかかるとは思わなかった。 今度からは使う時には最善の注意を払わなければ」


 今回投入したデスGは四体。

 結界維持施設にそれぞれ一体ずつ投入していた。

 そして、全てのデスGが暴れ始めたので回収していたが、歩夢の施設だけは運悪く犠牲者が出てしまったのである。


「だが…… 良かった。 あの施設の護衛者が生きてくれていたお陰で罪をそいつになすりつけることができた。 それに歩夢自身も魔晶石のお陰で俺を疑う事はない」


 ゼフは不気味に笑う。

 これだけ回りくどい事をしているのだから、勇者達にはとことん絶望を味わってもらいたい。

 弱者を痛ぶるのは本当に楽しい。

 もしかしたら前の世界の奴らはこんな気持ちだったのかもしれない。

 それなら下克上がよく起こるのも理解できる。

 ゼフは警戒はしているもののもうあの頃ような慎重に動く事はないだろう。

 だが、それでも無理やり気持ちを切り替える。


「想定外のことはあったが、次の作戦に移るか。 お前の絶望する顔が楽しみだ」


 ゼフは不敵な笑いを浮かべ蟲達に命令を下す。


「アイアンGはデスGと共に行動しながら皇城に向かえ。 デスGが暴走しそうになったらアイアンGが止めろ。 今回も人間は殺すな」


 ゼフがそう言うと近くにいたデスGとアイアンGは皇城に向かい始める。


「さて、俺もゆっくり歩きながら向かうか」


 ゼフは不気味な笑いを再び浮かべる。

 彼にとって強さとは情報や策だが、最終的には圧倒的な力の前にはそれがどんなものだろうと敵わないと思っている。

 だからこそ、この先思い知ることになるだろう。

 圧倒的な力というものを……






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