第63話 狂気の彼方

 この施設に配属されている護衛者は基本的に対魔物のエキスパートである。

 対して非魔物である魔人種などは皇都隊という者達が基本相手にしている。

 だが、そんな彼らの中には稀に人間を殺したことがあり、その快感を覚えた人の皮を被った化け物が存在する。

 だが、それに気づく者は殆どいない。


「もう少しゆっくり歩いてくれよ……」


アーノルドはナラに小声で話しかける。


「今は私の仲間の安否が大切なの。 黙ってついて来て」


 ナラはそう言いながら足を遅めることはしない。

 そして、探知魔法を使い辺りにいる生きた生物の反応を調べる。

 結果は自分とアーノルド以外の反応はなかった。


「それは探知魔法か?」

「そうよ」

「やっぱりか…… その魔法はあんまり使わない方がいいぞ」

「どうして? こうやって進まないと危険」

「魔力を温存するためだ。 そんな頻繁に使っていたら、いざという時に魔法が使えんからな」


 ナラはそれを聞き、一理あると納得する。

 だが、使わないで進むと何処に何がいるか分からないというのも否定できない。

 だから、ナラはそれを含めて考えた上で結論づける。


「それは出来ない相談。 私は仲間を一刻も早く探さなければならないの」

「仲間か……」

「そういえば、貴方は怯えてる様子もないのにどうしてあんな所に逃げていたの?」

「簡単な事だ、俺はお前が見たのと同じ化け物に襲われ逃げた。 その時仲間が死んでいく叫びを聞いた。 だから、あの場所で俺は己の覚悟を決めていたんだ」


 それを聞いたナラは少しばかり信じていた幻覚である可能性が完全になくなったと知り、恐怖が再び身体を支配する。

 だが、決して態度には出さない。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「……覚悟?」

「ああ、そうさ。 俺はあの化け物に挑むのは怖かったからな」

「貴方みたいな人でも覚悟を決めるのに時間がかかるのね」

「一ついいことを教えてやる。 人は見た目で判断しないほうがいい。 現に俺はビビリだ。 だから、あいつが出てきたら覚悟が揺らぐかもしれねぇ」

「分かった、一応頭の隅に置いといてあげる」

「それは良かった、それでさっきの魔法の事なんだが……」

「曲げるつもりはないし、危険を冒すこともしない。 けど、あなたが危惧している魔力の枯渇は起きない。 私は魔力だけには自信があるから」

「そうかよ…… まぁ、それなら信じるぜ」


 アーノルドは若干心配な部分もあるが、その言葉を信用する事にする。


「そういえばあなた、その腰のものは何?」


 ナラはアーノルドの腰から出てる石のような黒い物体を指す。


「ん? ああ、これか。 これは、緊急用のメッセージの魔法が入った魔道具だ」


「え! どうしてそれがある事を先に言わなかったの!」


 ナラは声が少し興奮気味にはなす。


「そんなの決まってるだろ。 この魔道具に魔力を込めるがその時に出る魔力であの化け物が近づいてくる可能性があるからだ」

「…… そうなの?」

「ああ、そうだ。 どうにもあの化け物は魔力を感知して攻撃するみたいだからな」

「そう……」


 ナラは助けが来ることを諦める事にする。

 だが、何かがおかしいと思った。

 どうして、アーノルドはあの化け物のことを詳しく知っているのか。

 それよりもその事を今教えるのか?


「……ねぇ、アーノルド」

「なんだ?」

「どうしてあなた、あの化け物が魔力を探知するって知ってるの?」

「どうしてか…… それは、知っていたからだ」


 アーノルドは不気味な笑みを浮かべる。

「…… 知っていた?」


 ナラは自分がしたことの過ちにすぐに気づくが、遅かった。

 暗闇の中から足音が聞こえてくる。

 あんな事を言われたもんだから、探知魔法を渋ってしまい、ここまで気づかなかった。


「タ……… タ…… タべ…………… タ……… タベ……… ル」


 暗闇から現れたのはあの化け物だった。

 すぐに逃げようとするが、アーノルドに羽交い締めにされてしまう。


「いや! やめて! アーノルド ! どうして!」


「ククク、どうしてだと? お前は馬鹿か? こっちのほうが安全だからに決まってるだからだろ」

「どういう事! いや! 離して!」


 その間にも化け物はゆっくりとこちらに近づいてくる。

 ナラは暴れて抜け出そうとするが、ビクともしない。

 それもそうである、アーノルドは見た目が筋肉で包まれたと言ってもいい程の体であり、それに対してナラは鍛えているにしてもアーノルドに圧倒的に劣る。

 絶対に力では勝てないのだ。


「残念だったな。 それよりも…… あの方はどこにいるんだ?」


 アーノルドは辺りを見渡すがその人物を見つける事ができない。


「ウ……… ウ………… ウマソ……… ソ………… ウ」


 その間にも化け物は言葉を発し、お腹と顔にある口をパクパクさせながら近づいてくる」


「居ないならしょうがないか。 とりあえずやることはやったしな」

「いや…… いや……」


 ナラはもう助かることもないと思い、力を入れることを止める。

 その顔は涙で濡れている。


「早くやってくださいよ。 デスGさん」

「ウ……… ウマ…… ソ………… マ…… ソ」


 デスGは手についている鋭い鎌のようなものを振り上げる。

 だが、ここで何かがおかしい事を流石のアーノルドも気づく。

 このままだとナラと一緒にアーノルドも鎌で貫いてしまうではないかと。


「そんなに振りかぶったら、俺も死ぬんじゃ……」


 デスGはそれに答えるように口を開く。


「ニ……… ニン……… ゲン…………… ク…… ク…………ウ………… ゼ……… ン……… イン」


 それを聞いたアーノルドは全てを理解し、恐怖に身体が支配される。

 そして、羽交い締めをしているナラをその場に放り出し、一目散に逃げる。


「やばいやばいやばい、逃げなきゃ…… やられる」


 そのままアーノルドは振り返ることなく凄まじいスピードで暗闇に消えていく。


「え…… いや……」


 残されたナラは恐怖に身体を震わせる。

 静寂がしばらく続き、やがて振り上げられた鎌がナラに向かって振り下ろされる。


「いやあああぁぁぁ!!!」


 その叫びは施設中に響く。

 グシャリと肉が裂けて血飛沫が舞い散る。

 その後、ナラからの言葉は消え、元の静寂が戻ってくる。





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