第62話 闇の中で

 施設内は一度迷ってしまったら出ることは難しい。

 それは事前に知らされていた事だ。

 だが、そんな大事なことも忘れてナラは施設内を駆け回る。

 一人というのは怖い。

 案内図もいくつか壁に配置してあったが、それも通り過ぎてしまう。

 やがて落ち着きを取り戻すと辺りを見渡す。


(ここまで来たはいいけど…… ここはどのあたりかな)


 自分のいる場所を確認すると共にさっきまでの自分の行いを恥じる。

 確かに恐怖はあっただろう。

 しかし、そんな事で取り乱すなどあってはならない。

 だから、もう一度歩夢達に会うために今はこの施設から出る方法を考える。


(来た道を戻れば歩夢とケインに合流できる可能性があるけど…… 多分同時にあの化け物にも鉢合わせる。 だから…… この方法はできない。 だったら別の道に歩夢達がいることを信じて探知魔法を使おう)


 ナラは震える手をもう片方の手で押さえる。

 落ち着いたと言っても、恐怖を拭うことはできない。


「『ルーク』」


 探知魔法を使うと生きている周辺には生物の反応はないのを感じる。


(きっと大丈夫…… 探知魔法に死角はない)


 少し不安だがナラはゆっくりと歩き始める。

 あたりは静かであり不気味だ。

 きっと歩夢達も自分がしたことを不思議に思っているだろう。


(そういえば…… どうして歩夢とケインにはあの怪物が見えなかったりしたの)


 ナラは今まで授業で習った魔法などを思い出し、当てはまるものを探す。

 そして、一つだけ当てはまるものを見つける。


(もしかして…… 幻覚魔法?)


 幻覚魔法とはその名のとおり対象に非現実なものを見せる事ができる精神干渉系の魔法である。


(幻覚魔法なら私だけがあの化け物の姿が見えて、声が聞こえた理由に説明がつく)


 ナラはそれに希望を見出す。

 幻覚魔法で生み出した幻覚は基本的に触れることはできないし、触れられることはない。

 だから、攻撃される心配はない。


(幻覚魔法と分かれば、すぐに歩夢とケインに合流しないと。 なんだ、こんな簡単な事に私は恐怖を感じていたのね)


 恐怖で考える力が衰えていたナラだが、答えが分かると化け物に対する恐怖が和らぐ。

 同時に施設にいる護衛者達を殺した者に恐怖を覚え始める。


(きっと、あの幻覚魔法もそいつの仕業ね。 一体どこで使われたの)


 ナラは二回目のルークを発動する。

 同じく反応はない。

 できるだけ足音を響かさないように歩くが、どうしても響いてしまう。

 更に暗闇で一人というのが恐怖が増長させる。


(怖い…… はやく歩夢とケインに合流したい)


 ナラは足早に進む。

 そして、三回目の探知魔法の時に生きている生物の反応があった。

 ナラは心の中で少し喜ぶが、それはすぐに収まる。

 何故ならその反応はすぐそこの扉の先で、一人しか反応がなかったからである。


(……一人? どういう事?)


 ナラはそれについて深く考える。


(可能性としては歩夢とケインが分かれてしまって、ここにいる場合と護衛者を殺した者がここにいる場合の二つ)


 後者だった場合の危険が大きいが、恐怖ではやく歩夢とケインと合流したいという気持ちから扉を空けてしまう。

 そこは護衛者達が休む休憩場だろうか。

 椅子が数個並べられているだけの部屋だった。

 その奥にかすかに人の気配を感じる。


(人の気配を感じるけど…… 見えない。 もっと近づきたいけど、歩夢とケインではなかった場合が危険)


 ナラはそう考えていると奥にある人の気配が動く。


「おい」


 その声は男性と捉えれる声だった。

 そして、その声はケインのものではなかったので警戒する。

 男はゆっくりと近づいてくる。


「動かないで! そこから一歩でも動いたら魔法使う」


 そう言うと男の動きが止まるが、ばかにするような笑い声が聞こえてくる。


「ククク、魔法だと? この場所で使えばお前もタダじゃ済まないぞ」


 そう言って暗闇から出てきたのはスキンヘッド姿の軽装姿である強面の男だった。

 ナラは警戒レベルを更に上げる。


「どうした? 黙り込んで」

「あなたはどうしてここにいるの?」

「どうしてだと? 逃げてきたに決まってるだろ」

「…… 逃げてきた?」

「ああ、そうだ。 あの蟲の化け物からな」


 ナラはその言葉に混乱する。

 何故なら幻影魔法と決めつけたばっかりであったのにそれを否定するかのように男が口を開いたからだ。

 もしかすると……ナラが見たのは触れることができる本物という事に……


「おい、どうしたんだガキ」

「近づかないで!」

「そんなに警戒することねぇじゃねぇか。 同じ人間なんだからよ」

「証拠を見せて!」

「…… 証拠?」

「そう、あなたが悪人じゃないという証拠を」


 男は困ったように頭を掻きながら考える。

 そして、思いついたかのように口を開く。


「それなら、俺に一発魔法を撃て」


 男は背中を向け、手を頭で組む。


「どういうつもり?」

「証拠がねぇから、信用させるしかないだろ」

「それで悪人じゃないという証拠にはならないわ」

「ああ、ならねぇ。 だが、少しは信用するだろ?」


 ナラは険しい表情をしながら考える。

 そして、すぐに答えを出す。

 歩夢とケインと合流するための駒として使おうと。


「分かった、信用する。 だけど、私が今からやることに協力すること。 これが条件よ」

「いいぜ、俺はここの施設の護衛者をやってるアーノルドという者だ」


 アーノルドは握手をしようと手を差し出してくる。

「ナラよ……」


 ナラは渋々手を出す。

 そして、二人は握手を交わすと部屋を出る。

 この時のナラの恐怖は協力者ができた事により少し和らいでいた。













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