第61話 死を顕現せし者

 恐怖とは自分の知らないモノに抱くものであり、知っているモノに抱く事はない。

 しかし、それは常識の範疇の話であり、目の前には理解し難い光景が広がっている。

 ナラは目の前には広がる光景に恐怖で叫ぶ。

 歩夢達はその場で立ち尽くすことしかできない。

 そんな中、ケインが尻餅をつきながら呟く。


「う、嘘だろ……」

「い、いや…… 助けて……」


 ナラはその場でうずくまり恐怖を言葉にし震えている。

 それを見た歩夢は思う。

 

(…… どうしてこの場所にこんなに死体があるの?)


 自分は冷酷なのかもしれない。

 しかし、この場ではこれが最善の手段。

 他の二人が動けないなら自分がやらなくてはならない。

 歩夢はこの場所に死体がある理由を考える。

 

(まずは…… 死体をしっかり見てみないと)


 そう考え歩夢はズカズカと部屋に入って行く。

 歩夢自身、この場所は言葉に表現できないくらい本能的な恐怖を感じていた。

 しかし、それを押し退け進んでいく。


(近くに来たけど、見るに耐えないな……)


 少し目を逸らしながら死体を見渡していると、皮鎧を着ている死体を見つけた。

 その皮鎧は、突入する前施設の周辺を徘徊していた者が着ていたものに酷似している。


(恐らくこの死体は施設を護っていた人達。 問題は誰が殺したのか……)


 もう一度死体を見ると、ある事に気づく。

 それは死体には損傷などがあるものの腐っていないという事だ。

 まるで数分前に殺されたかのような……。

 それはこの状況なら誰もが思いつく考え。

 そんな考えに至った歩夢は背筋が凍るような悪寒に襲われる。


「もしも…… 数分前に殺された人達だったら、まだこの施設に護衛の人達を殺した人がいる可能性がある……」


 歩夢は小声でそう結論づけると、すぐにナラの方に駆け寄る。


「ナラさん! 立って!」

「な……なに?」

「ここは危ないから、早く出よ」

「え、どういう事……」


 ナラはふらふらになりながらも立ち上がり部屋の惨状を見ないようにして部屋を出る。

 部屋を出ると、ケインが口から吐瀉物を吐き出していた。


「ケイン、大丈夫?」

「歩夢、ナラ。 俺、少しきついわ……」

「少し休憩するけど、二人共これだけ聞いて。 恐らくこの施設にはさっきの部屋の惨状を作り出した何かがいる。 だから、一刻も早くここから出るわよ」

「ま、まじかよ……」


 ナラはそれを聞き再び屈み込み震えだす。


「私、もう嫌…… どうして……」

「ナラ、大丈夫か?」


 歩夢にそう言われたナラは涙を見せながら、引きつった笑顔を見せていた。


「わたし…… もう無理。 あれは人間のできる事じゃない」


 あの部屋の死体はほぼ全ての皮が剥がされており、中には殆ど原型を保っていない死体も転がっていた。

 ナラはそれを平然とやってのける人物が、まだこの施設に居ることに絶望していた。


「歩夢、ごめんなさい…… わたし、私は強さだけで決めていると思っていたけど、違った。 あなたのこういう時の心の強さを圭太は見抜いてたのね……」

「その事はもう気にしてないから。 今はゆっくり落ち着いて」

「ありがと…… ありがとう、歩夢」


 ナラはその言葉を聞くとその場に泣き崩れる。


「はは、まさかこんな事になるなんてな……」

「無理もないわ、誰も予想はできない事だった」

「そうだな…… まぁ、なんだ…… すまなかったな」

「さっきナラにも言ったけど、私は別に気にしてないから大丈夫」

「そうか…… でも俺が気にするから何かやらして欲しい」

「そう…… それなら、ここから生きて出る。 今はそれに努めて」


 ケインはそれに驚く。

 まさかそんな事を言うとは思わなかったからである。

 そして、人差し指で鼻を掻くと笑う。


「ああ、そうだな」


 ケインはそう言うと立ち上がる。


「俺はもう大丈夫だから、ナラを慰めてやってくれ」

「分かった、ありがとう」


 歩夢はケインが言った通りにナラの傍に付き、彼女が落ち着くまで様子を見る。

 その間、ケインとヘヴィードラゴンで警戒に当たっていたが、特に何かがこちらに来てる様子はなかった。


「ありがと、大分楽になった」

「良かった…… けど、無理しちゃダメだよ」

「うん、分かってる。 でも、これ以上は危険」

「そっか、分かった。 ケイン、行こ」

「了解、扉の向こうには何もいないのを確認してるから大丈夫だ」

「了解」


 歩夢はそう答え、ナラと共に入ってきた扉の方へ進む。

 だが、何故か途中でナラがその歩みを止める。

 その顔は何かに怯えているかのように真っ青であった。


「どうしたの、ナラ?」


 歩夢がそう問うが返事はない。


「う…… 嘘、どうして……」


 あるのはこの上ない絶望である。

 何故再びそのような事が起こっているのか?

 それは目の前に佇む化け物を見てしまったからである。

 見た目はフンコロガシを二足歩行にした感じであり、その顎は人の二倍以上大きく、鋭い牙が並んでいる。

 手は鎌状の形態をしており、腹には大きな二つ目の口があり、鋭い牙をチラつかせながら開閉している。


「歩夢、ケイン 逃げて! そこから離れて!」


 ナラは危険を知らせるために大声で叫ぶ。

 しかし、次に起こったのは考えられない事だった。


「…… どうしたの?」

「どうしたんだ、ナラ」


 二人は困ったように心配してくる。

 違う、そうではない。

 ここが暗くて見えないと言っても、すぐそこにいるので普通はわかるはずである。

 なのに二人はそれに気づいてる様子はない。


「ケ………… ケ…………」


 すると、怪物は何かを喋ろうと必死に口を動かす。

 ナラはそれに不気味さを覚え後ずさる。


「とにかく、二人もこっちきて!」


 その尋常じゃない焦りから何を察し、自分達には見えない何かいると思いナラの方に急いで近づく。


「タ……… タス……… タス……… タスケテ………」


 それはナラが言っていた言葉である。

 それを聞き、さらに恐怖が増長される。

 この生物は知性があると……


「二人共聞こえないの……?」

「何も聞こえないぞ」


 ケインのその言葉にさらに絶望する。

 二人にはこの化け物の姿が見えてないし、声も聞こえない。

 それがさらに恐怖を増長させる。


「ウ……… ウ……… ウ……… ウマ…… ソ……… ニン…………… ゲン」


 二人には見えていない。

 その事から実質一人の状況で怪物から人間を喰う様な発言が出てしまえば、あの部屋の人間達のことを思い出してしまうだろう。


「どうしたの? 何が見えるの?」


「め、目の前に……」


 それを言い切る前に目の前の怪物は鎌をチラつかせながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 その歩きは怪物の見た目をより一層不気味に見せた。


「いや、来ないで…… いや!」


 ナラは近づいてくる怪物に恐怖を感じ、来た扉とは別の扉に凄まじい勢いで向かう。


「「ナラ!」」


 二人は名前を呼んで引き止めようとしたが、既に扉を開けて出て行ってしまっていた。

 歩夢とケインはナラの後を追いかけるように出て行く。

 化け物は決して遅くないスピードで奇怪な言葉を発しながら更にその後を追いかけていくのだった。


















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