第60話 死への入り口

 全ての結界維持施設には門番が12時間交代で見張っている。

 この日も例外はなく、例えレンが騒ぎを起こしてもある程度の人数は施設の護衛にあたるようになっていた。

 しかし、建物から出た歩夢達はすぐに異変に気付く。


「おかしい…… どうして門番がいないの?」


 それに最初に反応したのはナラだった。


「それならそれで逆にチャンス」

「そうかもしれないけど……」


 歩夢はどうするかを考える。

 確かに絶好のチャンスだ。

 しかし、罠の可能性も捨てきれない。


(でも…… この好機は逃せない。 やるなら今しかない)


 歩夢はそう決断すると、ナラ達の方へ視線をやる。


「ナラさん、探知魔法で門の周辺を調べてもらってもいい?」

「わかった」


 ナラはすぐに軽い詠唱に入る。

 今使おうとしてる探知魔法はルークという魔法であり、生きている生物の数などが分かる魔法である。

 規模は術者によって変わるが、ナラの場合は自分を中心に最低14mから最大23mまで展開できる。


(そういえばゼフ先生も言ってたけど、探知と隠蔽、阻害の魔法は必須レベルって言ってたなぁ)


 歩夢はふとそんなことを思いだす。

 何故こんな事を思い出したのかは分からない。

 だけど、何故か頭に浮かんだのだ。

 そうこうしてるうちにナラの詠唱が終わったらしく魔法が発動する。


「探知魔法『ルーク』」


 その言葉を発したナラには門付近、それから施設の入り口付近の情報が入ってくる?


「どうだ?」

「門付近にも入り口付近にも人が居る気配はない。  私の個人的な意見としては今が突入する絶好の機会。 でも、罠の可能性も捨てきれない」

「俺も同じ意見だ」


 二人は歩夢に最終決断を迫る。


「私も同じ意見だけど…… これを逃せば次はないと思うの。 今から施設に潜入しよ」


 そう決断を下した三人は足早に堂々と正門から施設に入っていく。

 その間に誰とも鉢合わすことはなく逆に不気味だった。


(正門は突破した。 後はこの扉を開けるだけ……)


歩夢は扉に手を掛けるが、力が入らない。

 もしかすると、この先にいる者達と命の奪い合いの戦いをするのかと考える。

 扉を開けない歩夢を見兼ねてナラは歩夢の肩を掴む。


「何してるの? そんなに怖いならここで帰ればいい。 後は私達がやるから」

「…… 大丈夫、覚悟は決めてるから」


 その言葉を聞いたナラは肩から手を離す。

 そして、ゆっくりと扉が開かれた。


✳︎✳︎✳︎


施設の中は薄暗かった。

 まるで人が誰一人いないかのような雰囲気を醸し出している。

 それでも警戒は怠らず、歩夢達は慎重に移動している。

 だが、時間にしてかれこれ10分程経っている。

 なのに施設を守る者は誰一人として姿を見せない。


(ここまで会わないものなの? それとも本当に罠の可能性が……)


 歩夢は自分の判断が間違っているかもしれないと焦りだす。

 だけど、今は施設の破壊を優先させる。

 レンガで作られた薄暗い廊下を三人は慎重に進む。


「『ルーク』」


 曲がり角でナラは魔法を使い、人がいないのが分かるとそれを歩むに合図する。

 それを確認した歩夢は再び進みだす。


「なぁ、歩夢」


 そこにケインに声をかける。


「どうしたの?」

「おかしくねぇか? ここまで施設を守ってる奴が見当たらない」

「私も同じ意見ね。 何かが起こってる可能性がある」

「そうかもしれないけど…… 幸いここまで罠とかは見当たらなかったから、このまま進むつもりよ」


 歩夢はそう答えるが、もしもわざと侵入されやすいように人を配置しているのならレンが言っていたSランク相当の人物がこの先にいる可能性がある。

 それなら人に会わないのも納得できる。

 


「そうだな…… できるだけ早く壊さないといけないからな。 それに俺達の失敗は許されないからな」

「だけど、おかしい事には変わりはない。 注意して進んで」

「…… 分かった」


 そこからしばらく沈黙の時間が続く。

 結界維持施設を破壊するには、施設の基となっている魔力を伝達している柱のようなものを破壊すれば施設は機能を失い、実質破壊という形になる。

 なのでまずはそれを探す必要がある。


(…… 柱を破壊するまで、今のように人が来ないことを祈ろう)


 通路に足音だけが響く。

  薄暗い通路で本来いるはずの人が誰一人もいない環境に生物的本能で恐怖を覚えるのは必然である。

 三人とも進むにつれ体が震えてくるのを実感し始める。

 やがて予め教えられていた柱がある部屋の前に到着する。

 覚悟を決め、ゆっくりと扉を開ける。

 開いた先にいるはずの敵を見据える…… 事はなかった。


「…… どういう事?」


 その部屋は広く、直径五mほどの柱が部屋の中心にバチバチと電気のようなものを放出させているだけで、それを守る者は誰一人としていなかった。


「ナラ、どうなんだ? どこかに隠れたりしているのか?」


 ナラはすでに探知魔法を発動し終えており、その額には汗が流れている。


「いない、どうして…… もしかして、ここは守る必要はなかったという事? それとも、この施設自体がダミー?」


 ナラはすでに混乱していた。

 だから、ケインは歩夢に声をかける。


「歩夢、これは一体どういう事なんだ? 話と違うじゃねぇか」


「……ケイン、私にも分からない…… けど、ここは言われた場所だし、人がいないなら好都合よ。 私達はそれをやるだけ」


 ケインはその答えに反論せず、静かに頭を縦に振る。


「そうか…… 分かった」」

「早速だけど壊しにかかりましょ」


 歩夢がナラの方を見たところ彼女は表情からも分かる程精神が動揺しているようであった。

 なので、歩夢はそっと彼女に声をかける。


「ナラは厳しかったら休んでおいて大丈夫だけど、どうする?」

「私は…… 私は少し考え事をしたいからそこで休んでおく……」


 ナラはすぐそこの壁にもたれかかり座る。


「ケイン、やるわよ」

「おう!」


 ケインは不気味なこの場所を出来るだけ早く出たいと思い行動に移す。

 ナラはどうして人が誰もいないかを考える。

 歩夢は失敗しないために言われた事をやる。

 三人はそれぞれのためにやれる事を始める。


「来て! ヘヴィードラゴン」


 歩夢がそう言うと、現れたのは大きさが二mほどの模様が黒と黄色の稲妻模様の四足歩行のドラゴンである。


「さて、始めるか」


 ケインがそう言って背中から取り出したのは、彼が愛用しているドラゴンから作られたと言われている黒色の弓である。


「ケイン! 始めるわよ。 ヘヴィードラゴン! フレアブレス!」

「行くぜ! オラァ!」


 そう叫びながら歩夢はドラゴンのブレスで、ケインは弓矢を放ち柱を壊しにかかる。

二人人はただ攻撃するだけで話すことはない。

 そして、ナラは少し落ち着いたので周りを念のため警戒しつつ辺りを散策する。


「私も参戦したいところだけど…… 攻撃魔法はこんな場所で発動させたら危ない。 ここは二人に任せよう」


 二人の攻撃だとおそらく後五分程すれば破壊できるだろう。

 特に歩夢のヘヴィードラゴンは想像よりも強く、歩夢をリーダーにして正解だったと思い始める。


「それにしても…… どうして人が誰一人いないの? ダミーという可能性は限りなく低い。 かといって守る必要はないという事もない。 もし、二つが当てはまるなら、私達が侵入する前のあの護衛の人数は説明できない」


 ナラは考えるが答えが分からない。

 そんな時、目の前にある扉が視界に入る。

 特になんの変哲もない扉。

 しかし、何かがおかしい。

 ナラはそう思い、ゆっくりと近づく。

 そして、恐る恐る扉を開ける。

 そこはさらに暗く、何も見えない。


(かなり暗いけど…… ここはなんなの?)


 少しだけ入ってみるとピチャリと水を踏む音が響く。


(水? どうしてこんなところに水があるの?)


 ナラは不思議に思っていると、だんだん目が慣れてくる。

 分かったのはこの部屋が少し広いぐらいの倉庫という事、そしてもう一つは……


「いやあああぁぁぁ!!!」


 ナラはそれをみて尻餅をつく。

 その顔は恐怖が浮かび、体も小刻みに震えている。

 何故ならナラがこの部屋で目にしたのは100を超える人間の死体が積まれていたからである。

 先程ナラが踏んだ水は血であったのだ。


「な、な、なんで…… こ、こんなに……」


 ナラは目の前の光景に恐怖し、呼吸が荒くなる。

 よく見ると、転がっている死体意外にも吊るされている死体もあり、さらに恐怖を増強させる。

 そこに柱の破壊を終えた歩夢達が近づいてくる。


「ど、どうし…… うわあああぁぁぁ!!!」

「え……」


 ナラの悲鳴に駆けつけたケインは叫び、歩夢は黙り込む。

 その光景はあまりにも残酷で、彼らの脳裏に植え付けるには十分であった。














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