第59話 悪い空気

 やがて何事も起こる事なく作戦当日を迎えた。

 勇者達は各々の持ち場についたが、これまで感じた事のない程の緊張に襲われていた。

 それも仕方ないだろう。

 勇者達は元々日本に住んでいたのでこういう事は普通は経験することなどない。

 だからと言って、言い訳ができるかというとそうでもなかった。


「…… 確かこっちであってますよね?」


 歩夢は小声で仲間に囁く。


「ああ、大丈夫だ」


 今答えた好青年の名前はケイン。

 真里亞のクラスから引き抜いた非常に優秀な弓士である。

 そして、隣黙っている少女とも思えるほど小柄の女性はナラと言い、圭太のクラスの高成績の魔道士である。


「今日は警備の数が少ないらしいけど、それでも多いな……」

「だけど、もう少し近づいたほうがいいと思う」


 ナラのその言葉に歩夢は軽く頷く。


「ええ、分かってるわ。 少しここで待機してあの二人がここからいなくなったら移動するという事で」


 歩夢は結界維持施設から少し離れているところで話している二人の男に指を指す。

 それは見た目でも分かる通り、この施設の護衛である。


「おう」

「……分かった」


 歩夢は二人が納得したのを確認すると、すぐに男に視線を戻す。

 歩夢はこの世界に来て最大限の警戒をする。

 誰か一人でも失敗すれば魔晶石の破壊は叶わなくなるのだから。

 そんな事態は避けなければならない。


「私、やっぱり納得しません」


 そんな緊迫した状況の中、不意に後ろから言葉がかけられる。

 振り向くと、ナラが不満そうな表情でこちらを見つめている。


「どうしたの?」


 歩夢がそう問うと、ナラは口を開く。


「私、歩夢がリーダーであることにやっぱり納得できません。 状況判断力や決断力などは私と歩夢では同じくらいだと思います。 だから、最後に決めるのは強さな筈なのに、どうして召喚士である歩夢がリーダーなの?」


 歩夢はこの言葉でこの世界の召喚士という存在について思い出す。

 召喚士は所詮他の職業のサポートであり、決して戦闘で役に立つことはない。

 更にこの学園の召喚士以外の生徒は自分がより強いと信じており、召喚士は負け組と認識している。

 こんな事を言われても仕方ない。

 しかし……。


(昔の私だったら、何を言われても我慢していたかもしれない…… けど、今は違う!)


 歩夢はナラの方に顔を向けると口を開く。


「ナラさん、その理由を教えてあげるわ。 それはね、私があなたより強いからよ」

「なっ⁉︎」


 まさか自分より強いと言われると思わず、ナラは驚気の声をあげてしまう。

 慌てて口を塞ぎ男達を見ると気づいた様子はない。

 ホッと胸を撫で下ろし、話を続ける。


「別にこのチームが嫌なら別行動してもいいけど、圭太にどう言うつもり?」

「そ、それは…… でも、貴方が私より強いなんて納得できません」


「さっきも言った通り嫌なら別行動すればいい。 今はそんな事よりもやることがあるんじゃない?」

「はい、そこまで」


 二人がそう言い合ってると、ケインがその間に入り止める。


「ケインは邪魔よ。 この女は私よりも強いと言った。 それは納得できない」

「黙れ…… ナラ」

「え?」

「正直言うと俺も納得してない。 だけど、今は仮初めでも協力しなければならないんだ」


 そんな正論をぶつけられたナラは不服そうな顔をしながらも頭を縦に振る。


「分かった…… 今は納得しておく。 でも、今だけだから」

「すまないな、歩夢。 君のクラスはどうか知らないけどサポート組には分からないプライドというものがあるんだ。 そこは納得してほしい」


 ケインは素直に謝ってるつもりだろうが、サポート組という言葉に引っかかる。

 だけど、これ以上言い争っている訳にもいかず、その言葉を飲み込む。


「納得するけど、サポート組っていうのはすぐに勘違いだと分かるよ」

「ああ、期待してるよ」


 それが嘘だというのはすぐに分かった。

 ケインやナラ以外でもこの街の人達は全員がこのような態度を取るだろう。

 それは仕方がないことである。

 何故なら、それがこの世界の召喚士なのであるのだから。


(私は悪である皇帝を討てるなら、自分が傷つくぐらい構わない。 逆にそれぐらいしないと叶わない望みなのだから)


 歩夢は再び覚悟を決める。

 その時、男二人が施設から離れる。

 それを見た歩夢はケインとナラにそのことを指示し、施設の近くの建物に移動する。

 そこでレンからのメッセージが来るのを待機しながら待つのだった。


✳︎✳︎✳︎


 あれから一時間経たないぐらい経っただろう。

 結界維持施設のすぐ近くの建物に歩夢達は待機していた。

 チームの雰囲気は相変わらずが悪い。

 このままでは敵にバレると思っていたが、そんな事はなく安心する。


(そろそろメッセージが来てもいい頃なんだけどな……)


 歩夢はもしかすると、失敗したのではと不安になる。

 だが、次の瞬間メッセージの魔法が繋がる感覚に襲われる。


(こちらレン。 準備が整ったところからメッセージを送ってくれ)


 歩夢はそのメッセージを聞くと、腰の鞄から手の平サイズの球型の水晶玉を取り出す。

 これには、メッセージの魔法を入れており、各チームのリーダーが使うことができるのだ。

 魔力を軽くこめると少しだけ光りだす。


「こちら歩夢。 準備完了です」


それから数十秒後再び、メッセージが繋がる感覚に襲われる。

 歩夢はメッセージは一度に何人にでも同時に送ることができるが、その度に返信を待ったりするのを不便に感じる。


(こちらレン。 それじゃあ、これから始めようと思う。 各場所の人数が減ったと思った段階で各々の判断で突入してくれ)


 とうとう始まる。

 絶対に失敗は許されない。


「了解です」


 歩夢はすぐにメッセージを送ると、視線を結界維持施設にやる。


「では、作戦開始」


 そうして、勇者達の魔晶石破壊作戦は始まった。

 それぞれの思いを胸に抱いて……。


(これが私の悪を倒す第一歩なんだ。 もう二度とアヴローラのようなことは起こさせない。 悪には慈悲はない)


 歩夢がそんな事を考えていると、結界維持施設から少しずつだが、人数が減っていく。

 これもレンが暴れて人を殺しまくってるおかげだろう。

 口では簡単に言えるが、これを聞いた時最初は戸惑った。

 だけど、必要なことと分かれば勇者達は全員納得した。

 そして、勇者達にとって初めて人を自らの手で殺すことになることも理解していた。


「ケイン、ナラ。 そろそろ突入する。 準備はいい?」


 二人はそれに息を飲む。

 召喚士を見下しているこの世界の人達でも、人を殺すことには慣れていない。

 それが不安として顔に出ているのである。

 そして、覚悟を決め口を開く。


「大丈夫だ」

「いつでもいい」


 二人のその言葉を聞くと、歩夢は動き出す。


「それじゃあ、ついてきて」


 そう指示しながらバレないように行動を始めたのだった。








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