第58話 最悪の選択
次の日、いつもどおり学校へ通っていた歩夢は自らの鍛錬に努めるため、ゼフの指導のもと特訓に励んでいた。
やがて、一日にやるべき事が終わり各々が準備をして帰ろうし始めた頃、歩夢は勇気を出してゼフに近づいていく。
「どうした?」
それにいち早く気づいたゼフが口を開く。
「ゼフ先生一つお話いいですか?」
それはカイモンとデニーにも聞こえており、こちらをじっと見ている。
歩夢は少し照れ臭そうに話す。
「どうしても相談したいことが…… できれば二人きりで……」
それを聞いたゼフはすぐに理解し、聞いていた二人に指示をする。
「カイモンとデニーはもう帰れ」
「分かりました」
「さようなら、ゼフ先生」
二人も何かを察したのかゼフの指示に従い素直に出て行く。
それを確認したゼフは歩を見据える。
「さて、相談とは何だ?」
「実は…… 勇者達のことで相談したいんです」
「…… 勇者?」
「はい、今私達はある計画をしてるんです」
「計画か…… その計画とはなんだ?」
歩夢は本当にこれでいいのかと思いつつも恐る恐る口を開く。
「…… この街を救う計画です」
「この街を救うか…… 難しい事だな……」
「はい、それは承知の上です。 それで…… 相談というのはもしかすると勇者達の中に裏切ってる人がいるかもしれないという事です」
「裏切り者か…… 何故そのように思ったんだ?」
「別に思っているわけじゃないです。 ただ…… 単純にその可能性も捨てきれないってだけで……」
歩夢自身は圭太が裏切っているとは到底思えない。
それと同じで、ゼフも自分達に尽くしてくれてるので悪い人とは思えない。
だから、街中にあるゼフの魔力のことが本当だとしても、それは街の人を守るための監視だと考えている。
自分は間違ってないのだと。
「その考えは間違ってないぞ。 もっとも疑われないのは長い間近くにいた、友と呼ばれる信頼できる存在だからな。 だから、裏切っていた場合一番気づかないだろうからな」
「それで…… 私達は魔晶石を破壊する事で街の人達の洗脳を解こうと考えてるんです」
「街の様子はおかしいと思っていたが、そういう事か」
「はい、その魔晶石を破壊する作戦なんですが、みんなには内緒で参加して欲しいんです」
ゼフはそれに対して少し考えると口を開く。
「そうか、参加してやりたいがそうすると歩夢がかなり危険な状況になるが大丈夫か?」
「…… 危険?」
歩夢はその意味が分からなかった。
だから、素直に尋ねる。
「そうだ、もしも裏切っている訳ではなかった場合、仲間達の信用は地に落ちる」
「それが危険なんですか?」
「そうだ、皇城に仲間がいなくなれば周りは敵だらけになるからな」
歩夢はそれを聞き納得する。
「それを含めて覚悟しています」
「いい覚悟だが、お前が良くても俺が困る。 だから、別の方法を提案させてもらう」
「別の方法ですか?」
「そうだ、この方法の場合仲間からの信用は落ちない。 何故なら俺が自分自身で情報を掴み、動いてるだけだからな」
「つまり、私は何も知らないというわけですか?」
ゼフはその言葉に対して縦に頷く。
「そうだ、近くには居れないがすぐに駆けつけることができ、勇者達に悟られないように参加できる。 この方法なら歩夢と俺のどちらにとっても悪くないと思わないか?」
歩夢はゼフの提案した事に対して深く考える。
確かにそのような手段は悪くない。
歩夢はそれに納得すると顔を上げる。
「確かにそうですね。 その方法でお願いしていいですか?」
「ああ、大丈夫だ」
歩夢はゼフが本来の形とは違ったものの、それよりもさらに良い形で引き受けてもらえたことに安堵する。
「それでその作戦はいつやるんだ?」
「はい、確か昨日で五日だったんで…… 四日後ですね」
「分かった、その時に参加しよう。 それで最後にいいか?」
「はい、何でしょう?」
「今まで頑なに話そうとしなかったが、何故俺にこの事を話してくれたんだ?」
歩夢は本音を言うべきか少し悩む。
しかし、折角助けてくれるのだ。
歩夢は嘘偽りない事を言う事を決める。
「最初はもちろん疑っていました。 圭太がゼフ先生は危険人物であり、絶対に仲間にしてはいけないと言ってたので…… ですが、時間が経つにつれそう思えなくなりました。 この人なら信じても大丈夫だと」
歩夢は今の気持ちを素直に告白する。
今までの会話で何か引っかかるところがあったが、さほど大したことないと思い気にしてはいない。
それよりも自分の判断を信じることにしたのだ。
「そうか、それだけ聞ければ十分だ。 後は俺に任せて自分にやれることだけやっておけ」
「はい、分かりました。 今日はありがとうございます」
歩夢はそう言うと、笑顔で戦闘場を後にするのだった。
✳︎✳︎✳︎
歩夢が出て行った後の静まった戦闘場で失敗が歩夢にバレていないことを安堵する。
(そんなまさかだったな…… 警戒する必要もなかったな)
ゼフは不気味な笑みを浮かべる。
「やはり召喚石の洗脳の力は便利だな」
今回、召喚石で洗脳したのは歩夢であり、内容はゼフに対しての疑いを無くさせるというものである。
ゼフの手持ちの中で精神干渉能力を持つソイックなどの蟲は、強引に干渉するので、もしかすると不自然に感じるかもしれない。
しかし、洗脳などの魔法はそれを不自然と感じずに自然と認識するようになる。
だからこそ洗脳の魔法は便利であり、使用が難しいのである。
「さて、準備に取り掛かるか」
そう呟くとメッセージの上位互換の魔法のコネクトを発動させ、とある人物に繋ぐ。
「聞こえるか? グリンガム」
「うお! なんじゃゼフか」
「ああ、そうだ。 お前に頼みがあって魔法で繋いでる」
「そうなのか…… 別にいいんじゃが、その前にこの魔法はなんじゃ? わしはメッセージという魔法しか知らぬぞ」
グリンガムの言うメッセージという魔法は会話をすることができず、一方的に送ることしか出きないので、返信を待たなくてはならない。
だから、グリンガムは会話ができるこの魔法を不自然に思っているのだ。
「この魔法はコネクトというものだ。 簡単に言えばメッセージの上位互換に当たる」
「そういう事か…… 便利な魔法を持っておるの。 それで頼みとはなんじゃ?」
「頼みとは簡単な話だ。 魔族達で軍を編成してほしい」
「軍か…… じゃが、ゼフが思っている程事は簡単ではないぞ」
「反乱が起きてるのか」
「やはり分かっていたのか。 念のため反乱を起こした魔族の首謀者を捕まえてはいるが、次から次へと現れるから対処に困っておったところじゃ」
「そうか」
ゼフはその問題について最終手段を使うか考える。
魔族の街の蟲達には魔族達を殺さないように命令していた。
その理由としては、魔族の街は出来るだけ綺麗に保っておきたかったからである。
魔族には興味がないが、ゼフもゼフの召喚する蟲達もあれほどの街を作ることはできない。
だが、それもできればの話である。
「仕方がない、グリンガム。 逆らう魔族は殺せ」
その言葉にグリンガムに緊張が走る。
「それしかないのか……」
「そうだ、蟲達にも魔族を殺す事を解禁するように命令しておく」
「了解じゃ、その方法で魔族達を抑えて、軍を編成しておく。 人数はどれくらいにすればいいのじゃ?」
「そうだな、戦えるものは全員だ。 後はお前に任せる」
「了解じゃ」
「五日後ほどしたらコネクトを使って繋げる。 それまでに編成しておけ」
グリンガムはそれは無茶だと思ったが、逆らわず従う。
「了解じゃ」
ゼフはその言葉を聞くとコネクトを解除する。
(さて、まずは俺を殺そうとしたレンに最大限の絶望を与えながら殺してやろう)
ゼフはスライエルから得た情報を元に動き始める。
その笑みは今までにないくらい喜びに満ち溢れたものだった。
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