第53話 災厄

 スライエルは用心深い男だ。

 この男もいつものように何もできない状況を作り出し殺す。

 多少は警戒はすべきだろうが、所詮は召喚士。

 何もできまい。

 そんな考えが当たったかのように、その男の生首が転がっているのを確認したスライエルは勝利を確信し口を開く。


「強いとは聞いていたが、やはり召喚士だな。 召喚魔法を魔道具で封じられ、逃げられないように囲まれ、近接戦闘が得意な者達を同時に相手しなければならない。 それが、反応の遅れに繋がったな」


 スライエルはニタニタと不気味な笑みを浮かべながらそんな事を言うと男達に命令する。


「その死体は片付けとけ。 事後処理は私の方でやっておく」

「へい、分かりました」


 後はいつものように証拠が出ないようにするだけだ。

 だが、スライエルはふと一つ疑問に思う。

 何故奴は最後にあんなことを言ったのかと。

 まるで自分の勝利を確信しているかのような。

 スライエルはもしかすると援軍がいる可能性があると思い、一瞬だが隠し通路の方を見る。


(…… 考えすぎか? いや、可能性としては十分にあり得る。 だが、そうだとしても同じ事だ。 それに隠し通路もある。 心配には値しないな)


 スライエルはそんな事を考えながらとりあえず空いてる椅子に座る。

 すると、娼婦が申し訳なさそうに話しかけてくる。


「…… スライエル様」

「なんだ?」

「私は戻ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わない。 客が来ればまた連れてこい」

「ありがとうございます。 それでは失礼します」


 娼婦はそう言うと扉の方に向かい歩き始める。

 そして、扉の前に着くとゆっくりと開けて出て行く。

 それを確認したスライエルは一人呟く。


「それにしても…… 学園長は何故こいつにこの場所と鉱石を教えたんだ?」


 あまりにも無用心だ。

 それに奴は口が固い事でも有名だったはずだ。

 それなのに何故危険視している人物の一人に教えたのか?


「理解できんな。 まさか裏切ったか?」


 そう言葉を発した瞬間、扉の方から大きな音が響く。

 その音にスライエルはもちろんのこと、死体を処理している男達もその方に注目する。

 目に入ったのは穴が空いた扉と分厚い甲殻を身に纏った二足歩行のゴキブリのような魔物だった。

 その手には先程出て行った娼婦の首を持っている。


「あれはなんだ!」


 スライエルはあまりの事に叫ぶが、その問いに誰も答えない。

 スライエルはなぜ答えないのかと視線を男達に向けると武器を構え警戒していた。

 しかし、目の前の魔物は何もしてこない。


「おい、お前。 あれはなんという魔物だ。 それにどうやって入ってきた?」


 スライエルが一番近くに居た男に話しかける。


「…… すいません。 それがさっぱりで」


 その答えに失望しつつも考える。


(…… ゼフが召喚した魔物の線はないだろう。 召喚士は死んだら魔物を維持できなくなるからな。 という事はやはり別の召喚士の援軍か?)


 スライエルは考えを巡らすが、あまりにも情報が欠如している。

 取り敢えずは魔物の排除に努めるという結論に至ると口を開く。


「その魔物排除しろ」

「「「へい!」」」


 それに三人の男が名乗りをあげる。

 一人は剣、一人は斧、一人は拳でその魔物に近づく。

 そして、最初に剣を持っている男が魔物に勢いよく斬りかかる。


「ふんっ!」


 その攻撃は見事に命中するが、その魔物のあまりの硬さに意図もたやすく弾かれる。

 勿論、魔物には傷一つ負っていなく、それをを確認した男が驚きの表情を浮かべる。


「なっ!」


 男は声を上げるが、すぐに冷静になり再び斬りかかり弾かれるという無駄な事を数回続ける。


「クソが!」

「待て! 俺がやる」


 そう言ったのは斧を持った男である。

 大きく振りかぶり殴りかかるがびくともしない。

 まるで素手で巨木を叩いているようなそんな感覚である。


「もういっちょ!」


 更に渾身の一撃を叩きこむが意味を成さない。

 流石に男たちは焦りを感じ始めているものの、まだ絶望を感じるほどではなかった。


「俺では無理だ……」


 拳の男が今までの光景を見て呟く。


「あれだけまともに食らってなぜビクともせん!」


 スライエルはそんな光景を見て叫ぶ。

 ここに集まっているのは少なともAランクに匹敵する実力を持っている。

 なのにそれを嘲笑うかのように魔物は佇んでいるのだ。


「それはアイアンGが防御に特化してるからだ」


 スライエルはその声に背筋が凍る。

 あり得ない…… そう、あり得ないないのだ。

 恐る恐る声がした方を向くと、なんとそこにはゼフが立っていた。

 意味が分からない。

 そいつは先程まで死体だったはずだ。


「何故生きてる……」

「何故生きてるだと? 面白い反応するじゃないか。 人を殺しておいて謝罪の一つもないのか?」


 遅れて男達はゼフの方に視線を移し驚愕する。

 勿論、それに対して声は出さない。

 スライエルはそんな男達に命令を下す。


「おい、お前ら。 もう一度奴を殺れ!」


 スライエルがそう命令すると、ゼフを殺した男が一瞬でゼフに近づくと剣を頭に叩き込む。

 その動きは生半可なものでは避けれないほど洗練されていた。

 だが、ゼフの脳が撒き散らされる前に部屋中にグシュという鈍い音が響く。


「起こるはずないことが起こり混乱してるのは分かるが、もう少し考えたらどうだ? お前達じゃ俺を何度殺しても無駄という事を」


 そんな事を言うゼフの腰からは1体の操蟲が伸び男を貫いていた。

 男の足元には血だまりができ、それだけで恐怖に怯えるものが数名出てくる。

 だが、大多数はまだこれぐらいのことではへこたれない。


「確かここだったな」


 ゼフは少し歩きその場所で仁王立ちする。

 何をしているのかと考え理解する。

 そこはもしもの為の隠し通路があるはずの場所であったからだ。

 そこまでされてスライエルは全てを理解する。

 ゼフが自分達に圧倒的な力を見せつけるために死んで生き返ったのではなく、本当の狙いは隠し通路を見つけるためだと……


「まさか…… 奴はこの状況になることをわかっていて通路に魔物を待機させていたのか……」


「スライエル、お前は立派だ。 だが、どんな策も強大な力には意味をなさないという事を覚えておいたほうがいい」

「あの魔物も逃げ道を塞ぐ役割というわけか……」

「そこまで分かっているなら次に何が起こるかわかるよな?」


「まだだ! お前らあの魔物は無視してこの召喚士を殺せ!」


 スライエルがそう叫ぶと男達はゼフの隙を伺い始める。


「この状況でもそれができるのは素晴らしい。 一つだけお前達に土産をやろう」


 そう言ってゼフが取り出したのは魔晶石である。

 しかし、スライエルが持ってるものとは形が違う。

 明らかに何か加工されており、その形は長方形である。


「さて、始めようか」


 そう言ってゼフが魔力を込めると魔晶石は青白く光る。

 そして、それを地面に叩きつけ割る。

 すると、中からアイアンGが飛び出してくる。


「これは召喚石という詠唱時間はいらない魔道具みたいなもんだ。 だから、スライエル。 お前が召喚魔法を封じてる魔道具は意味を為さないという事だ」

「なんだと…… だが、ここには優秀なものが多い。 全員をたった数匹で殺せるのか?」


 ゼフはそんな哀れなスライエルの問いに笑いながら答える。


「すまないが、そもそもなぜ勝てると思っているんだ? 実力の差は歴然だ。 お前は無抵抗で死ぬか、抵抗して死ぬかのどっちかだ」

「ほざけ! 行け! お前ら!」


 その声に男達の何人かはアイアンGに向かって飛び出すのだった。




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