第52話 破滅への道

 ゼフが娼婦の後に続いて扉を抜けると、そこには地下に続く階段があった。

 まるでこちらを混沌に誘うかのように先が見えない。

 ゼフはそれを見つめながら娼婦に質問を投げかける。


「何故こんな場所に階段がある? この先には一体何があるんだ?」


 ゼフがそう言うと娼婦は振り向き答える。


「この階段の先はスライエル様の裏稼業に使われる部屋に続いているわ。 階段がここにあるのは外部に情報が漏れない為よ。 貴方だって嫌でしょ?」

「そうだな…… 確かによく考えられてるな」


 ここまで徹底した管理。

 流石に街一つを騙しているだけあって抜かりはない。

 ゼフはそんな事を考えながら階段を少し下ると、入ってきた扉の鍵が閉まる音が聞こえる。


(鍵を閉めて逃げれないようにするか…… それに地下とは、召喚士にとって不利だな)


 勿論負ける気はしないが、それでも少しは警戒してやるべきだ。

 最初の頃ならそんな傲慢は許されないが、今では自分はもう負けないと思っていた。

 ここでは沢山の人間が死んだのだろう。

 ひしひしと死の匂いを感じる。

 聞こえるのは階段を降りる娼婦とゼフの足音だけだ。

 他は何も聞こえない。

 しばらくすると、再び扉が姿を現す。

 しかし、先程は木に対してその扉は鉄で作られている。


「ここが貴方の望むものがあるわ」


 そう言い娼婦が扉を開ける。

 暗闇に光が差し込んでくる。

 そして、目に入ったのは酒場だった。

 普通すぎてそれ以外の言葉は思い浮かばない。

 冒険者らしき男達が約50人はいるようだ。


(酒場か…… こんな所でお目にかかれるとは思わなかった)


 再び娼婦についてくるよう手で指示をされたのでゼフはそれに従う。

 その間に周りを見るが職業は違えど弱くはない者達ばかりだ。

 勿論、この世界ではの話だ。

 そいつらはこちらをチラチラと見ながら警戒している。

 ゼフは少し感心しつつも、元の世界の癖で隠蔽魔法や阻害魔法などを無詠唱で100個程唱えたところで気づきやめる。

 未だに癖が治らないことを悩んではいるが別にこれが悪いわけではなく、非常に素晴らし事だろう。

 だが、そんな事をしたところで何かが変わるわけではない。

 勝つのは自分なのだから。

 ゼフがそんな事を考えていると、娼婦は立ち止まりこちらに振り向く。


「少しここで待ってて。 今からスライエル様に話してくるから」

「ああ、分かった」


 そう告げた娼婦は酒場の奥の部屋に姿を消す。

 周りの者達は依然としてこちらの警戒を怠っていないようだ。


(それにしても…… これ程の者達をどうやって集めたんだ?)


 この者達は自分に比べれば雑魚だが、ここにいる者達は闘技場の奴らにすらひ匹敵するんじゃないかと思うほどの強さを秘めている。

 探知魔法によれば自分の蟲達に勝てる奴はいないが、隠蔽魔法を使い自らの強さを偽っている可能性もある。

 ゼフはそこまで考えてバカバカしくて笑う。


(いや、ないな。 こいつらがそんな事するような奴ではないだろ。実力はSランクの冒険者並。 それ以上も以下もない)


 そう結論づけていると、娼婦が身なりが綺麗な一人男を連れて戻ってくる。

 年齢は推定だが、40後半だろう。

 ゼフの目の前に娼婦が立つと口を開く。


「こちらがスライエル様です」

「私がスライエルという、君は?」

「俺はゼフという。 ここには学園長から教えてもらった」

「なるほど、あのジジイか。 それでゼフ君だったかな? ここには表で得ることができない情報。 本来出回ることがない武具などあるが、君は一体何を求めてここに来たのかね?」


 そう問われたゼフは一呼吸置いて口を開く。


「俺はここにある魔晶石を買いに来た」


 ゼフがそう言うと、その場の空気が一瞬凍っかのように静かになる。

 余程タブーな情報なのだろう。

 スライエルは表情を崩さずに口を開く。


「そうか…… 君は魔晶石を買いに来たのかね。 だったらついてきたまえ」


 ゼフは言われるがままにスライエルについていくと、カウンターの前で足を止める。


「そこに座りたまえ」


 ゼフはそれに対し相槌を打ちカウンターの席に座る。

 スライエルは目の前に立ちニコニコしながら話し始める。


「さて、君は魔晶石を求めてここに来たというわけだが、はっきり言うと私は君を信用できないのだよ」

「最もの意見だな」

「魔晶石はとても貴重な上その効果は絶大だ。 もしも、これが公になれば暴動が起きる可能性がある。 君はどこまで魔晶石のことを知っているのかね?」

「一応は全て知ってる。 食べれば全能力向上、武具や武器などに使えば効果が飛躍的に上がる。 そして、他の者を洗脳できるという事も」


 スライエルはそれに頷く。


「そこまで分かっているなら実際に見てもらったら早いだろう」


 スライエルはカウンターの下から手ぐらいの大きさの水晶クラスターのような青白い鉱石を取り出すと、それをゼフの目の前に置く。


「これが魔晶石だ」

「…… これが魔晶石というわけか」


 ゼフはその美しさに驚愕の表情を浮かべる。

 いや、正確にはスライエルにはそう見えた。

 ゼフは今まで魔晶石というものを見たことがなかった。

 それにゼフが聞いたことのない効果を持っていたため期待はしていた。

 だが、それはゼフのよく知る加工前の召喚石そのものであった。


(まさか…… ここまでやって召喚石だと?)


 召喚石、それは召喚した魔物を封じることができ、魔力をこめることで解放することが可能な召喚士が使うアイテムである。


「…… 召喚石にそんな能力があるとはな。 効果が微弱すぎて知られてなかっただけかもな」

「召喚石?」

「いや、気にしないでくれ。 こっちの話だ」


 ゼフは驚きのあまりつい声が漏れる。

 彼が召喚石の能力に気づかなかったのも無理はない。

 元の世界では役に立たないとされ、いつしかその能力は忘れ去られたからである。


「それで、魔晶石のことなんだが……」

「いや、すまないがもういい。 それにうまく隠しているか知らないがその手に持ってるものはなんだ?」


 ゼフがそう言うとスライエルは召喚石を持っている別の手を掲げる。

 それは見たことのある球形の水晶玉だった。


「…… そうか、気づいていたか。 お前を魔晶石の洗脳する能力を使って洗脳しようとしたが、君には意味が無いようだね。 仕方ない、死んでくれ」

「なるほど、俺がここに来ることを知っていたな? いや、来てもいいように準備をしていたというとこか。 洗脳もしようとするとは根っからの悪人だな」

「気づいても遅い。 ゼフ君、君は愚かだよ。 こんな嗅ぎ回る事をしなければよかったのに」

「始めたのはお前達からだろ。 魔晶石に関しては本物だろうが、偽物だろうがもう興味ない」

「状況がわかってないみたいだね。 興味がないんじゃ意味ないんだよ。 これを知っている事がダメなんだよ」


 スライエルがそう言うと酒を飲んでいた男どもが各々の武器を持ち立ち上がる。


「…… ここなら騒ぎにもならないし、逃げることもできないという事か」

「物わかりがいいじゃないか。 それじゃあ、大人しく首を差し出してくれないかい? それとも抵抗するかい?」


 その言葉にゼフを除く者達が笑う。

 いつぶりだろうこんなにもバカにしてきた者達は。

 いつぶりだろうこんなにも清々しいほどのクズは。


「お前達に笑う余裕があるのか? さっさとかかって来たらどうだ、人間」


 ゼフがそう言うと、その言葉に逆上した剣士の男が斬りかかったのであった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る