第22話 道中、そして田舎くらしとおじいさま 2
「フレデリック様、お待ちしていました」
「ヨゼフ!ああ、元気にしていたか!」
馬車の先頭にいた父は、馬車からおりて門にいた老人に話しかけた。ヨゼフは祖父の右腕で、昔から屋敷に仕えている人だ。
数日旅をしてきてやっと見えてきた花畑。その花畑を楽しみながら遠目に見えるのは、大きなお屋敷。
広大な敷地にたたずむ立派な建物。王都でいったらお城のような大きさだった。昔は有事に備えて、敷地には馬や武器を備えたこともあるという。
このあたり一帯を王国ができる前から治めている地主の実家。
この辺りを治める貴族の領主は存在している。あくまで滞在という形である。
立ち位置はお役人に近いかもしれない。領主という立場として王都から派遣された貴族がいるものの、実質的な影響力は少ない。貴族には税金の一部を献上している程度である。
ここでは、貴族と地主の力関係が逆転している。財産も力も領民の信頼も地主にある。王都ではまず考えられない構図だ。
「ヨゼフ、父はどこにいる?」
父と一緒に馬車を降りていったフレーベル叔父さん。叔父さんはお祖父様を探しているようだった。到着した報告をしたいのだろう。
ソフィアはココとキキ、そして母・ビアンカと馬車の中から様子を見守った。
「フレーベル様!お久しゅうございます。ますます大奥様の面影が出てこられて。……フィル様は朝から畑仕事をしていらっしゃって。先ほど汗を流すとどこかに行ってしまわれました」
「また父さんは釣りでも行ったのか。時間ができるとすぐふらふら出かけてしまうのだから」
フレーベル叔父さんは呆れたように肩をすくめた。フィルというのは祖父の名前である。大奥様、それはソフィアの祖母である。
祖母はソフィアが小さい頃に流行病で亡くなってしまった。祖父が田舎に引っ込んでしまったのは、貴族の地位に興味がないのもあった。
だが半分は祖母が亡くなってしまったことにある。
「今日は皆様が帰ってこられるということで、数日前から張り切っていましたからね。大物でも釣って帰ってくるかもしれませんね。さて皆様お疲れでしょうから、中にご案内しますね」
ヨゼフの誘導で屋敷内に馬車を停める。ソフィアは馬車から降りた。ココとキキは初めてくる世界に興味津々だ。こんなに周りに建物がない光景を見たことがないのだろう。
王都ではそれなりの大きさの邸宅に住んではいたが、その比ではない広さの敷地や建物。屋敷の高さはそこまで高くはないが、横に伸びた建物は贅沢に空間を使っている。
「姉さますごいね」
「ええ、キキとても大きなお家でしょう?」
「うん、お姫様になったみたい。遠くの小さな国のお姫様」
「キキはお姫様みたいなドレスが好きって言っていたものね」
「うん、ココはお姫様みたいになりたいって言っていたけれど。キキはお姫様のドレスが好きなの。特にお姉様が作ってくれたお洋服はひらひらのレースがたくさんついていて、嬉しくなるの」
「まあ、ありがとう」
気は強いがロマンチストのキキはソフィアの作った服を大切にしてくれる。ココは父や叔父さんについて屋敷に入ってしまったが、キキはソフィアの傍から離れなかった。
実は寂しがり屋で甘えん坊なのはキキ。ソフィアはキキと手を繋いで屋敷に入っていく。
出迎えてくれたのは、代々屋敷に仕えていてくれる一家であった。
ヨゼフの妻、そして息子が二人、娘が一人。息子はそれぞれ結婚しており、その妻も屋敷で働いている。子ども達もこの屋敷内の住まいで育っている。
ヨゼフ一家以外にも、周辺を世話してくれている夫妻が何組かいる。大家族でこの屋敷は成り立っている。
ソフィアたちの親戚も周辺に住んでおり、何かあれば一族は集まる。この辺りの地主の結束力は昔から強固なものだ。
「お母様ったら、さっそく人気者になったみたい」
ソフィアの母・ビアンカは生粋の王都育ち。旅行以外には王都からは出たことはない。だが、ソフィアが屋敷に入ると母は女性達に囲まれていた。
母の美しく凜々しい容貌は、さっそく若い女性達を魅了したようだった。母も女性たちの扱いには手慣れているし、母が女性に囲まれているのが好きなのもある。 可愛いもの好きなのだ。
「懐かしいわ」
ソフィアは屋敷に入ると、幼いころここで過ごした日々を思い出した。
幼いあのころ、叔父に連れられて、しばらく一人でこの家にいることになった。 最初は一人で眠ることもできなかった。夜になると目がさえてしまい寝付くことができなかった。
だがそんな夜も、次第に慣れていった。ソフィアが一歩おとなになった瞬間だったのかもしれない。
「お祖母様、お久しぶりです。みんなで帰ってきました」
キキはココの元へ駆け寄っていった。ソフィアは屋敷に入ってすぐに飾ってある、祖母の肖像画の前にたって挨拶をした。
祖母はフレーベル叔父さんに似ている。祖母が祖父と結婚したころに描かれたといその絵は、ソフィアにも似ていた。栗色の髪、そしてブルーの瞳。
「おお、皆帰ったか!」
玄関に大きな気配を感じた。この気配は見なくてもわかる。颯爽と歩く大きな影が近づいてくる。ソフィアは影のある方へ顔を向ける。
「お祖父様!ただいま帰りました」
いまだに若々しい祖父の姿。ソフィアは子どものように笑うと、祖父に駆け寄っていった。
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