第18話 出会いと別れ、新たな暮らし 3
ソフィアがオットーさんの店を訪れる、少し前。
彼は店主にいろいろ話を聞いていた。そう、その彼とはオスカー。
オスカーはオットーさんの店のオーナーである。厳密に言うと、オットーさんの直属のオーナーのさらに上のオーナー。
普通だったら裏通りの小さい店など、人に任せたまま貴族がわざわざ足を運ぶことなどしない。
だがオスカーは定期的にここに足を運ぶ。
目的はまず店主から元・婚約者のことを聞くこと。オスカーは彼女から直接話は聞かないが、間接的に店主からいろんな話を聞いていた。
彼女が最近好きなもの、好きな食べもの。好きな音楽、好きな服の形。最後に彼女の服を何点か買い、流行に敏感な商人にプレゼントしたりした。質がいいものであるから、目利きのある商人ならすぐ飛びついた。
最初は彼女が好きなことを応援したかった。皮肉にも彼女の服が売れたことが、さらに互いの距離が離れていってしまった。
「あなた、もういい加減諦めたら?婚約破棄したのでしょう?未練たらしいわ。女は案外切り替えが早いのよ。適応力も高いし」
「それはアルーニにも言われている。でも嫌われたわけではないのに、なぜ諦める必要がある?」
「それはそうなんだけれど。好きとか嫌いという次元の話かしら、これって……」
オットーさんは頭を抱えてしまった。微妙に話がかみ合わない。オットーさんは何と言えばいいのか考えていると、店に近づいてくる影に気がついた。
ソフィアがきた。
慌ててオスカーを店の奥に下がらせた。こんな場所をソフィアに見せるわけにはいかない。
そしてオスカーは店の奥で聞き耳をたてていた。そこで聞いた話はオスカーにとって破壊力のある話だった。
ソフィアが王都を離れる―――――。
想定していたことだが、オスカーには何も相談もなかった。心理的な距離が空いてしまったことに落胆する日々だったが、ついに物理的にも離れてしまう。
オスカーは頭の中が真っ白になり、しばらくその場を動けなくなった。
******
「オスカー様……椅子にお座りになられたらいかがですか?」
カフェに入って、念願叶ってデザートプレートを一人で食べる。そんな野望もオスカーによって中断させられてしまった。
オスカーは椅子を引いて、優雅な所作で椅子に腰掛ける。
彼の仕草は洗練されていて、ただ椅子に座るだけでも絵になるものだ。服や髪型を変えただけで、人間こんなにも変わるのだろうか。
もしそれを可能にしたなら、服を作っているというアルーニ氏にはどんな魔法が使えるのかと思える。
「せっかくだから、オスカー様も注文します?」
「ソフィアと同じもので」
メニューを見ることもせず、憮然とした態度で注文をお願いする。普段ならオスカーはこんな態度を相手にとることはない。
愛想笑いは得意だし、無表情も得意なオスカー。
ただ今のオスカーはソフィアに何か言いたいことがあって、感情をどうにか抑えているように思えた。
「まさか、オスカー様がデザートプレートに興味があるとは思わなかった」
皮肉まじりにソフィアはオスカーに笑みを浮かべる。
ソフィアだって、オスカーがここにデザートを食べにきたとは思いはしない。
どこが情報源かはしらないが、ソフィアたち家族のことを聞きつけて来たことは推測できた。
「ソフィアは甘い物が好きだと知っている。特にアップルパイが好きだろう?」
「……覚えていたのね。オスカーは甘い物好きなのに、苦手って嘘をつくのですもの。いいじゃない、男性だって甘いものが好きですって言えば。フレーベル叔父さんは、お酒よりスイーツが好きだって言っているわ」
「……ソフィアの考えていることがわからない」
ソフィアが昔話をし始めると、急に苦悶の表情をオスカーは浮かべた。そして苦しそうに言葉を吐き出した。
「…………わたしだって、あなたのこと。全然わからない」
ソフィアはせっかく明るく話をしようとしたのに、それを許してくれないオスカーにため息をつきたくなった。
沈黙が続く。
ソフィアが何か話をすれば、きっと話をされるに決まっている。家族で父の故郷に行くことを。
そして、オスカーがそれをすんなり受け止めるはずがない。いつまでも婚約破棄をした元・貴族の娘になぜ固執するのか、ソフィアにはわからない。
「ソフィア……、もういいだろう?君が結婚をしたいと言ってくれれば、俺はすぐに結婚する覚悟がある。ソフィアが心配するような身分のこと、実家のこと。全部どうにかする。君と結婚するためだったら、何でもする」
「ちょっと……、オスカーどうしてしまったの?そんなこと、軽々しくいわないで。あなたらしくないわ」
「俺らしいってなんだ?ソフィアのために俺は生きてきた。俺らしいというなら、ソフィアがいなくなったら、それこそ俺らしくなくなる」
ソフィアは絶句するしかなかった。
ここまでオスカーが自分に対して気持ちをもっていたことを毎回知らされる。
だが、ソフィアは自分がそこまでオスカーに思われる人間ではないと思った。ソフィアは普通の娘。アルーニ氏には、オスカーはソフィアに恩を感じているらしいと言われた。
だが、どんなことかも記憶にないほどささいなことなのだろう。
「ありがとう。オスカーがそんな気持ちをわたしに向けてくれていたなんて。知らなかったの」
「じゃあ、結婚してくれるのか?」
「それは……できない」
ソフィアははっきりと断った。オスカーは明らかに落胆した様子で俯いた。何を言っても、今のソフィアには届かないと思ったのだろう。
オスカーは席を立とうとした。
「オスカー、わたしたちは長い時間一緒にいたわよね。でもお互いのこと何もしらないのよ。せめて、最後くらい一緒にデートしない?一緒にアップルパイ食べましょう」
「……君は残酷だ」
「でも、ここで美味しいアップルパイを食べなかったら一生後悔するかもしれないわよ」
ソフィアはにっこりと笑みを浮かべて、オスカーを見つめる。オスカーはソフィアの瞳を見つめると、なんともいえない表情でため息をついた。
「君とデートをするなら、もっとプランをたてておきたかったよ」
悔しそうな声でふて腐れるオスカー。その表情が、幼いころソフィアに遊んでもらえなくて半泣きで抗議していたオスカーの顔とだぶった。
ちょっと可愛らしいと思った。
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