第19話 出会いと別れ、新たな暮らし 4
「どうぞ、ごゆっくり」
二人分のデザートののったプレートが運ばれた。そして香りのいい紅茶も一緒に。
プレートはシンプルに真っ白な器。一緒にはそれを食べる用の銀の食器が置かれた。
ソフィアはアップルの模様がらせん状に描かれた、ティーカップをとった。そして紅茶を一口飲んでから、銀食器を手に持った。
二人は会話らしい会話がなかった。普段、こういった風に向き合ってテーブルを囲んだことなどなかった。だから何を話せばいいかソフィアには話題が浮かばなかった。
「まあまあ、だな」
ティーカップを優雅にもったオスカー。まさに貴族の風格然とした振る舞いは、ただ紅茶を飲んでいるだけであるのに絵になるほどだ。
皮肉でなく、のんだお茶の味は普通なのであろう。
それはそうだ。庶民がのむ紅茶のなかで上級ではあるが、貴族がのむ希少な紅茶とは比べものにはならない。
「あら美味しいわ。確かオスカー様は紅茶が好きだったわよね」
「……商いでは取り扱っているから」
「昔、オスカーとフルーツティーを飲んだこと。今思い出した」
「そんなことあったか?」
「ええ、わたしがお祖父様のところに行ってね。しばらくこちらにはいなかった時期があるでしょう?何度もお手紙をくれていたの、覚えている?あっちでは紅茶にフレッシュなフルーツをたくさんいれて、紅茶をいれるのよ。あちらではたくさん果物がとれるから」
「そうだったかな……」
オスカーは本当に記憶がないといったように首を横に振った。だが、昔話を拒絶しているわけではなさそうだ。
遠い記憶過ぎて忘れてしまったのだろう。オスカーは日々何かに追われているように、あるときから変わってしまった。
「ええ、帰ってきたときオスカーったら泣いてしまって大変だったのだから。可愛かったわ」
泣き虫だったオスカー。同じ年齢であったのに、小さいころ背はソフィアの方がずっと大きかった。
オスカーは同じ年齢の子どもなかでも、特に小さかったのだ。当然同世代の貴族の男の子には、仲間はずれにされていた。
気が優しく、穏やかな小さい男の子。そんなオスカーを守るためソフィアがいじめっこを追い払って、一緒に遊んだことも一度や二度ではない。
「それで泣くのを止めてほしくて。オスカーをびっくりさせようと思ったのよ。だからフルーツをたくさんいれたアイスティーを作ったの。わたしが果物の皮をむいて切って。オスカーったらナイフをもったわたしに驚いていたわ」
「そうだったかな」
「ええ、フルーツティーを飲んだオスカーったらもっと驚いて。こんなおいしいもの飲んだことがないって。嬉しかったな」
ソフィアは自然とオスカーと会話している懐かしさを感じた。
久しぶりの感覚。
おしゃまでちょっとおしゃべりだった子どものころ。それほど口数の多くはないオスカーと話すときはいつでも主導権はソフィアにある。いつからこんなたわいないことも話さなくなってしまったのだろう。
「さあ、アップルパイも食べましょう。せっかく温かいのに冷めてしまうわ」
ソフィアはナイフとフォークでパイを一口サイズにわけた。
サクサクとしたパイの感触はナイフ越しでも伝わってくる。それをアイスにつけて食べれば、間違いはない。
お互い無言でアップルパイを食べた。おいしいものを食べると無言になるものだ。無心に食べ続ける、でもそんな時間も悪くはない。何を話そうかと、お互いにらみ合うように無言であるよりずっといい。
「おいしい……」
「オスカーさま……?」
最初何を呟いたかわからなかった。ソフィアは手を休め、オスカーを見つめた。彼はぼんやりとアップルパイを見つめている。
その瞳の色を読み取ることはソフィアには難しかった。
「……久しぶりに食べた気がする」
「そうなの?」
「ああ、久しぶりに……味がする物を食べた気がする」
ソフィアは首を傾げた。オスカーは食器を置いて、ぼんやりと窓の先にある風景を見つめた。
それからまた沈黙は続く。ソフィアはオスカーが考え込んでいる邪魔をしてはいけないと、黙々とアップルパイを食べていった。
静かな時間だが自然な沈黙。緊張することも、話題を探そうと焦る必要もない。お互い空気のような居心地のよさだった。
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