第17話 出会いと別れ、新たな暮らし 2
「オットーさん、急なことで申し訳ないです。注文を頂いた分は、納品できます。ただこれから頂いた注文は、引き受けることができなくなります」
「残念だわ。ソフィアの服ってデザインも可愛らしいけれど、丈夫で縫製も綺麗って評判だったのよ。ソフィアはサイズを格安でお直ししてくれるでしょう?常連のお客さまも知り合いを紹介したいって言ってくれていたのよ」
父から家族で移住することを聞いて、次の日にはソフィアが服を販売している店に事情を説明にいった。
店主のオットーさん最初は驚いたようだが、家のことを話してみると、仕方ないことだという。
「ソフィアも水くさいのだから。お父さんのお仕事がなくなって、大変だったのね。故郷に帰ってしまうのは残念だけれど、家族で再出発するのだから応援しているわ」
オットーさんは大きな体躯をくねらせて、悲しそうな顔をした。
オットーさんはの最近のお気に入りの色はパープルである。全身パープルの色の服を身につけている。
最近の流行の色はグリーンだったが、オットーさんは次に流行るのはパープルだと予言している。
「オットーさんにはずっとお仕事を頂いていたのに……すみません」
「あらいいのよ。ソフィアの服をある人から見せてもらって、ぜひお店に置きたいと言ったのはわたしからだから」
まだソフィアが貴族だったころ。裁縫をとにかく上達したいと、空き時間にはずっとドレスを作っていた。
デザインの勉強もしたくて、家にあるいろんな服を観察し、使わない古着は糸をすべてほどいて、もう一回作り直したりしていた。
そうやって見よう見まねで製作をして、双子達に衣装を作ってお出かけに着させていた。その写真をみたというオットーさんからお手紙をもらったことがきっかけだった。
今思えば、誰がオットーさんに双子達の写真を見せたのだろう。
「でも、ソフィアにはずっと服作りを続けてほしい。あちらでは王都のように、たくさんの生地を手に入れられないとは思うけれど。これだけの服を作れるのだから、もったいないと思うの」
「わたしも出来れば続けていきたいです。ただお祖父様の家にしばらくはお世話になる予定で。あちらの生活もどうなるのかわからなくて」
「そっか……お手紙ちょうだいね」
「はい、オットーさん……ありがとうございました」
初めて服をつくる仕事をもらえたお店。そしてその服が売れたのはオットーさんのおかげ。
貴族でなくなっても、自分で稼ぐ手段があったからソフィアには不安が少なかった。
家族みんなで助け合えば、自分の稼ぎは少なくてもみんなで生きていける。それはお祖父様の家に行っても同じ。
自分の力を信じて、生きていきたい。
「じゃあ、最後のお仕事頼むわよ」
「はい!」
そしてソフィアは頭を下げて、店をあとにした。
王都の裏通りから大通りに向かう。大通りの先には、王宮が見える。王都は地方からの行商人が多く詰めかけ、常ににぎわいをもつ場所だ。
ソフィアのお祖父様の土地は、王都から遠く離れている。馬車で大勢での移動だと、十日ほど時間が必要になるだろう。単身でなら早くて五日ほど。それでもやはり時間はかかる。
幼い頃、一人で祖父の家で暮らした記憶。屋敷は大きく、庭もとても広かった。祖父の家の周りは麦畑が地平線まで広がっている。屋敷の中には、研究所のような施設もあった。
農業王である祖父は、作物の品種改良にも力を入れている。
子どもたちの教育、そして食文化の発展。豊かな土地だ。王都よりは物が少ないが、高望みをしなければ毎日平和に生きていける。
「自分のやれること、探さなきゃ」
ソフィアは新しい生活を思って、自分を奮(ふる)い立たせる。
うまれ育った王都。離れるのは感傷的な気分になる。そして漠然とした不安。未知な世界での生活は、ワクワクする。だが怖い気持ちもあるのだ。知っている人もほぼいない。
「やめやめ、考えても不安になるだけだから。久しぶりにカフェでも寄ってお菓子でも食べたらいいかもしれないわ」
ソフィアは出かけても、家と仕事場の往復だけだ。家に帰ってやることは多いし、カフェでのんびりとくつろぐのも人の目が気になった。
大通りの店には貴族の出入りもある。平民になったソフィアをみて、またあることないこと吹聴(ふいちょう)する人に出会ってしまうかもしれないからだ。
でも今日のソフィアは少し違った。もう王都にいる時間も少ない。だったら最後に行ってみたいカフェやレストランに行ってもいいなと思えてきた。
一人で外食することなど、貴族のときはなかった。
自分で稼いだお金で、好きなものを食べる。なんだかとても魅力的な考えだ。
「わたし……樹液がかかったミルクアイスクリームに、その横にアップルパイを添えたスイーツプレート食べに行きたかったのよね。確かオットーさんが店の近くにあるって言っていたような」
大通りに出て自宅に戻る道には、街路樹が整然と並ぶ小道がある。
そこにある小さな木造の家。その家は二階建てで、庭にはたくさんのハーブが植えられている。小さな小花が家に続く小道に沿って植えられ、蝶々がひらひらと舞っているときがある。
それだけでちょっと異世界に飛び込んだ楽しさを感じられる場所。そのカフェに一度行ってみたかった。
「今日は、お店やっているかしら」
街路樹を通っていて、青く茂る葉が揺れさざめく音を聞く。葉の間からさし込む光、その光はほのかに暖かい。
小花だけでなく、大きな花々が咲く季節は案外近いのかもしれない。
そうしたらさっぱりした冷たいデザートが恋しくなる時期になるだろう。
その頃にはもう王都にはいない。幼いころに、祖父の家で食べた冷たいシャーベット。それが暑い季節には何度も思い出される。今年はあのシャーベットを食べよう。
「でも、今はアイスクリームとアップルパイ」
想像するだけでも幸せだ。近づく小さな赤い屋根のお店。どうやらオープンしているようで、扉にはりんごのプレートがさがっていた。
「いらっしゃい」
ソフィアが中に入ると、カウンターには老夫婦がいた。彼らがお店の人のようだ。
おじいさんが笑顔で好きな席に座るように案内してくれた。そしてキッチンにはおばあさんがいるようで、エプロンをかけた姿でお店の中を整えていた。
「紅茶と、デザートプレートで」
お店にはコーヒーと紅茶とデザートプレート。あとはクッキーとシフォンケーキ。それだけの簡単なメニューがあった。
ソフィアはコートを脱いで、コートかけにそれをかけると椅子に座った。壁にはおじいさんとおばあさんが世界を旅したのか、若い姿の写真や絵がたくさん飾られていた。
こうやっていろんな世界を、ふたりで旅するなんてなんて素敵なことだろう。
ソフィアは貴族のままだったら、王都で人生を終えた気がする。領地があったなら避暑地として出かけるかもしれないが、ほとんどは王都で過ごすことになるだろう。
今回の引っ越しも、家族では初めての長距離での旅行。楽しいかもしれない。
ソフィアはそれから居心地のよい時間を楽しんでいた。すると、扉があいてお客さんがきた。そして足音が近づいてきて、ソフィアの目の前で止まった。
ソフィアは何事かと思って顔をあげた。立っていたのは、身なりのいい貴族。そして美形。だけれど馴染みのある顔。
「オスカー様……」
なぜここにいるのか分らない。庶民が利用する店にそぐわない身なりの男性。
ソフィアは困惑するばかりだった。
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