第16話 出会いと別れ、新たな暮らし 1

「いやーいいのかな、こんな素晴らしいところ貸してもらって」


「高名なデザイナーであるアルーニ氏に事務所を貸したとなれば、この事務所の価値があがりますよ」


 目の前に同じくらいの年齢の男性がふたり。ともに年齢不詳である。

 ソフィアの前には、フレーベル叔父さんとアルーニ氏がいた。

 彼らが出会って数刻。運命の出会いを果たしたというくらい、二人は意気投合していた。

 

 話は戻る。

 ソフィアはアルーニ氏がジョージさんの服を納品するところに立ち会った。アルーニ氏はしばらく王都に滞在するというので、事務所兼住居を借りたいと言っていた。

 そこでソフィアはいくつか邸宅の取り扱っている叔父を思い出した。

 叔父さんは服飾関係の事業に乗り出している。

 叔父さんにアルーニ氏のことを話したら、一度会ってみたいと乗り気だったのだ。

 そういうわけで、フレーベル叔父さんがアルーニ氏に貸し出す家を紹介することになった。


「フレーベルさんは、王都立学校の出身ですか。わたしも数年ですが在籍しました」


「アルーニさんと同じでわたしも数年在籍しただけです。隣国の学校へいくつか留学しましてね」


「同じです。入学していた時期が同じくらいですから、どこかの校舎ですれ違ったかもしれませんね」


 年齢も同じ、同じように起業家としての資質もある。そして独身貴族を謳歌(おうか)しているワークホリックなふたり。

 アルーニ氏と叔父の見た目は違ったが、共通点が多すぎた。


 フレーベル叔父さんは、ソフィアと似ている容姿をしている。実の父親より、フレーベル叔父さんにソフィアは似ているかもしれない。

 栗色の髪、ブルーの瞳。そして柔和な顔立ちでありながら、面長の輪郭(りんかく)。少し垂れ目の目尻。

 フレーベル叔父さんは、センスもよくて自分で服を選んで仕立屋に頼んでいる。贔屓にしている職人が何人かいるのだ。その職人達ともアルーニ氏は親交が篤(あつ)い。

 そうなれば、話はもっと深まった。


「アルーニさん、ぜひわたしの工場をみていきませんか?天才と名高いアルーニさんには失礼かもしれませんが、機械で服を作る技術もあがってきていましてね。誰もが服を気軽に着られる時代がくるのも面白いかと思っていまして」


「機械ですか?お恥ずかしながら、世情にうといところもありまして。旅生活も長くなりまして」


「旅の生活もいいですね。旅と言えばこの前出張した先で、いい材質の生地を見かけたんですよ」


 話は尽きなく、すっかりソフィアは置いてきぼりをくらっていた。このまま二人で話し込むのではないかと思った。

 そこでソフィアは自宅にアルーニ様を招いては?と提案した。


 アルーニ氏は叔父さんの家の真向かいに住むこと即決した。そのお祝いも兼ねて夕食を一緒にと誘った。

 叔父とアルーニ氏はお酒を酌(く)み交わそうという話になっていた。


 ソフィアはそんなオトナは置いておき、自宅に帰って夕飯の準備を始めることにした。



******



「これ全部ソフィアが作ったのかい?」


 アルーニ氏は夕食の席につくと、声をあげた。正式なコース料理をだすわけではなかったが、夕食のほかに気軽に食べられるお酒にあう料理を数点用意した。

 下準備はお手伝いさんとともに行ったが、仕上げはソフィアが担当した。

 

 アルーニ氏は貴族ではあるが、長い一人旅の生活で自活ができるようになったらしい。

 人に気を遣わず気楽な旅生活は、アルーニ氏の性格に合っていると言っていた。 いろんな人々をみてきたらしいアルーニ氏。その中でも貴族ではなくなって、平民生活をここまでスムーズにおくっているソフィア一家は珍しい、と面白がられた。

 

「お口にあうかどうか。アルーニさんは特に食べられないものがないとうかがったので、家にあったもので作りました」


「十分だよ!なんだかたくましいな、この家族は」


 さきほど貴族の家で、歌のお稽古をしてきた母も帰宅した。父も叔父さんの家での事務仕事が終わり、母よりも少し早めに帰宅した。そして父は叔父さんたちの輪に加わって会話を楽しんでいた。

 叔父さんは機嫌良く出張先で買ってきたワインをあけた。アルーニさんとフレーベル叔父さんは相変わらず会話が尽きないようで、家族の食卓にアルーニさんは溶け込んでいた。


「フレーベルさんの実家は、あの農業王の地域ですか。豊かな土地ですね。あそこは一度行ってみたいと思っているんですよ」


「じゃあ行ってみますか?」


「いいんですか?」


 フレーベル叔父さんは、最近手紙をよく書いている。父によると実家のお祖父様から書簡がいくつか送られてくるらしい。叔父さんは先日出張へ行くついでに、実家へ立ち寄ったと言っていた。

 

「兄さんと話しあったんだが、決めたよ。わたしたちは故郷に帰ろうと思っているんだ」


「え!」


 急に真面目な空気が流れたかと思えば、フレーベル叔父さんがさらっと重大発言した。

 ソフィアといえば、そんな話を聞いたことがなかったので意味を一瞬理解できなかった。

 お祖父様はソフィアたち家族が男爵家の地位を返上したと聞いて、地元に帰ってくるように言っていたらしい。そのために叔父は手紙のやりとりを頻繁(ひんぱん)にしていたらしい。


「先日出資した工場も再建できて、買い取りたいって商人がいてね。そうジョージさんのところでね。ジョージさんとカレンさんならいい経営をしてくれると思ったんだ。これもソフィアがいい仕事をしてくれたからだよ」


「そんなことがあったの?!」


 ソフィアには初耳のことが多かった。意味を理解しても、いきなりお祖父様のいる故郷に帰るなど想像もしたこともなかった。

 

 ソフィアは一時、お祖父様の家で生活していた。

 確かにあそこの生活は魅力的である。綺麗な空気、美しい空、雄大な畑。そして農業を支える領民達。祖父は男爵の地位を賜る前から大地主として、一帯を治めている。

 男爵の地位など祖父の農業の貢献によりもらったお飾りの地位である。領地を特別与えられたわけでもなく、多少の褒賞金と貴族社会に仲間入りできる特権くらいであった。


 だが、貴族社会に仲間入りしてもいろんなお金がかかり過ぎる。

 貴族たちと付き合うには、王都に邸宅をもたなくては交流できない。男爵という地位に対して、その暮らしを維持するための費用が掛かりすぎた。


 祖父はそういうのもうんざりして、早々に引退を決め込んだ。後のことは任せると言っていた。

 祖父も子どもに男爵を継がせるならば、王に対しての義理は果たせたと考えているのだろう。あとは捨てるなり売るなりどうぞと暗に言っていたようなものだった。

 

「ソフィアには決まってから話そうと思っていたんだ」


 静かにお酒を飲んでいた父が話をし始めた。最近仕事がいろいろ増えてきて、楽しそうにしているソフィアのことが一番気がかりであったという父。

 この地を離れることは、ソフィアのチャンスをなくしてしまわないか。


 だが、ソフィアはその話を聞いても気持ちはすぐ決まった。


「もちろん、わたしもみんなと一緒に行きます。せっかくお洋服の依頼も入ってきて残念ではあるけれど。今引き受けた分が終わったら、すぐ引っ越しの準備にとりかかるわ」


「ごめんな、ソフィア。ソフィアを振り回す形になってしまって」


「父様いいのよ。みんな元気でいることが、わたしにとっては一番の幸せなの。お金がなくても、広い家ではなくても、仕事がなくなっても。みんなでこうやって一緒にご飯を食べる時間が何よりも幸せよ」


「本当に良い子に恵まれて、父さんこそ幸せものだ。なあビアンカ?」


「ええ、ソフィアもキキもココ……そしてわたしの旦那様と一緒にいられてわたしは最高に幸せものだわ。わたしももちろんついていく。初めての土地だから楽しみなの。あなたが育った土地を見てみたいから」


「ビアンカ……」


 相変わらず父様に心底惚れている母・ビアンカは迷うことはないようだ。母がいるべきところは、父の傍。その後、ほろ酔いの父と母は二人きりの世界をつくり出した。

 ソフィアはこれから引っ越しの準備や仕事関連のことを思った。忙しくなりそうだ。

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