第12話 彼の噂、伝説の人 2
「ソフィア、あなたオスカーという貴族を知っていて?」
一瞬ソフィアはまたか、とうんざりした表情になりそうになった。
だが、堪えた。
今は仮縫いをするため、先日訪れた大商人の奥方・カレンの家に来ていた。
ココとキキは、大親友となったマーサと乙女達の談話があるようだ。彼女たちは、マーサの部屋に行って楽しそうに人形遊びをしている。
「え……オスカーさん、ですか?侯爵家の方ですか?」
「ええ、知っているのね!」
「詳しくはないですけれど……」
ソフィアはカレンの言わんとしていることが推測できず、言葉を濁した。
カレンさんは今日もすっきりとした服装で、午前中は夫の仕事をお手伝いしていたそうだ。シンプルなお洋服を着ていて、飾り気がないと言えばない服装だ。
ソフィアのいる世界では、地位がある女性が男性と一緒に働くことはほとんどない。貴族の女性も夫が早くになくなり後継者がいない場合、また独り身である以外は領地のことに口をだすこともしない。
だから、富裕層であるカレンが仕事を夫とともにすることがとても珍しいのだ。
「今日、オスカーさんがいらしてね。夫と今お仕事をしているのよ。わたしもお仕事に関わっているから、オスカーさんの噂は聞いてきたのだけれど。素晴らしい人だわ」
「お仕事で……」
ソフィアの母のように、貴族のサロンでの噂話などではないようだ。実際カレンはオスカーと会った話をしてきた。
「オスカーさんって最近専属のデザイナーを雇っているらしくて、イメージを変えられてびっくりしてしまったわ。そのデザイナーさんって、実はアルーニ氏だそうよ!」
「アルーニって、あのアルーニですか?」
「そう、あの大人気デザイナーよ!」
思わずソフィアは興奮してしまった。アルーニといえば、いろんな国の王族から服のデザインを依頼されている高名なデザイナーである。
とある小さな貴族であったが、趣味でお店を出すようになったアルーニ。彼の店が貴族の間で評判になり、いくつもの店をもつようになった。
だが突然店を離れてしまう。今は気まぐれに旅をしているというのは風の噂で聞いた。
「……やっぱりあの服のデザイン。素晴らしいと思った」
「え、ソフィアはオスカーさんのお洋服みたの?」
「ちらっと街で見かけた気がしたんです。でも、アルーニ氏っていろんな国から招かれても気まぐれで、すぐいなくなってしまうと聞きました」
「そうなのよ、すごいことよね。彼を専属デザイナーにできてしまうなんて。オスカーさんってどんなつながりがあるのかしら」
「わたしも気になります」
ソフィアはオスカーのことより、アルーニのことが気になった。服のことをもっと勉強するなら、アルーニの服をみたい。
さらに言えば、彼が服を作っているところを見てみたい。オスカーがまさかあのアルーニと知り合いだなんて、知らなかった。
ソフィアはオスカーと離れてしまい、初めて後悔した。もし彼の近くにいれば、アルーニの服の制作過程を見られたかもしれない。
「ソフィアも気になると思った。それでね……、オスカーに勉強熱心なお嬢さんがいるってお話したのよ。そうしたら、夫の服を作ってくれることになったの。夫の服を作る過程を見学に来ていいそうよ。どう、ソフィア?」
「え……アルーニ氏の作業を見学していいってことですか?」
「ええそうよ!」
「うそ、信じられない……!」
ソフィアはあまりの嬉しさに飛び跳ねそうになった。あの伝説をいくつも持っているアルーニ氏が服を作るのを間近で見られるチャンスなど、二度と巡ってはこないだろう。
「日程を調節しているから、また決まったらお知らせするわね。まあ、ソフィアったら顔が緩んでいるわよ」
ソフィアは自覚なく顔を緩めていた。カレンに指摘されるまで、気がつかないほどだった。
オスカーにまた会うことになる可能性には不安がある。もう会わないと言ったし、カレンたちにオスカーとの関係と探られたくない。
だが、魅力的なお誘いだ。断るには惜しい。
「ありがとうございます、カレンさん」
結局お誘いを受ける形になり、そのままお茶を一緒に楽しんだ。
マーサと楽しい時間を過ごした双子たちも上機嫌であった。
そして数日後、カレンさんからアルーニが訪れる日を教えてもらった。双子達はその日は連れて行くことができなく、あくまでソフィアは見学に行くだけだ。
カレンさんの旦那さんに会うことにもなるだろう。失礼のない服装を考えながら、当日まで依頼された服の製作を続けた。
気がつけば当日になった。伝説のアルーニの前で着るのは恥ずかしいが、ダメだしされても勉強になる。
ソフィアは父のお土産の生地でつくったモスグリーンのお出かけ服を着て、手土産をもって出かけた。
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