第13話 彼の噂、伝説の人 3
「ソフィア、あら素敵なお洋服。いい生地ね」
「カレンさん、お招き感謝します。お口に合うかわかりませんが、最近街で人気の焼き菓子です」
「あら大通りの裏手の!素敵!一度食べてみたかったのよ。ありがとう、ソフィア」
カレンがエントランスで出迎えをしてくれた。マーサはお手伝いさんたちと近くの公園に出かけているらしい。学校から出されているデッサンの課題を早めに終わらせなくてはならないようだ。
オットーさんのおすすめである、街で流行のお菓子をカレンに手渡した。そしてカレンはそのお菓子をお手伝いさんに手渡して、客間へ通してくれた。
客間へ続く扉を開けると、中にはハンサムな男性がたっていた。
男性は理知的で背が高い。商人にしては学者のような雰囲気で、かけている眼鏡がさらに知性を感じさせていた。
「はじめまして、ソフィア。ぼくはカレンの夫で、マーサの父のジョージです」
「はじめまして、ジョージさん。ソフィアです。いつもカレンさんにお世話になっています」
「マーサの服をオットーさんのお店で買ってから、カレンは君の服の大ファンになってしまったよ。よくお話を聞いている。ココとキキの話をマーサからもよく聞くよ」
「本当に、マーサさんにも妹たちがよくしていただいています。とっても楽しそうにお話してくれています」
「これからも、カレンとマーサと仲良くしてくれ。さてと、そろそろアルーニ氏が到着する頃なのだが。カレン、先にソフィアさんを部屋に通してあげなさい」
「はい、ジョージ。ソフィア行きましょう」
カレンさんの夫・ジョージさんは少し堅い印象があったが、やはり商人だけ人当たりがよいようだ。カレンと一緒に客間から隣の大きな部屋に移動した。
ついた先は、カレンたちの家族の肖像画がある広間だった。やはり付近の住宅のなかでは大きい邸宅である。
この広間も、一級品の家具が置いてある。ここならば、小さい規模だが舞踏会などパーティーができそうな広さである。
もともと貴族の落とし子が、母親と一緒に住んでいたというこの邸宅。貴族の寵愛もあったのだろう。家の作りも立派なものであった。
「素敵なお部屋ですね。日の光も入って、明るい」
「そうなのよ、たまに絨毯(じゅうたん)を敷いてね。ひなたぼっこでもしたくなる暖かさよ」
ソフィアとカレンはソファに座って談笑していた。
しばらくすると、廊下を歩く複数の足音が聞こえた。ソフィアとカレンはソファから立ち上がり、扉を見つめた。そして扉が開いた。
「カレン、アルーニ氏がおいでだ」
「アルーニ様、ようこそおいでくださりました」
ジョージがカレンに声をかけた。カレンはジョージの傍に行き、後ろ手についてきたアルーニ氏を迎えた。
ソフィアは目を見開く。
アルーニ氏だろう姿。とても美しく、中性的な容貌(ようぼう)。服はシンプルであるが、アルーニ氏からはあふれ出るオーラがあった。
ソフィアには直視できないほどの輝きがアルーニ氏にはあった。
「はじめまして、奥方。ジョージさんにはお美しい奥方がいらっしゃる」
「あら、お上手なのね。アルーニ様、今日はどうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。こっちの予定に合わせる形になってしまって申し訳ないね。さて、あそこにいるのは……」
「アルーニ様のお洋服に興味があるのですって。ねえ、ソフィア?」
カレンさんに呼ばれ、アルーニ氏の前にたたずむソフィア。
今までどんな貴族のパーティーがあっても、それほど緊張はしなかった。だが服を作る神様のような存在、伝説をもったアルーニ氏。
ソフィアは手が震えてきた。しかし、ここはレディとしてちゃんとした挨拶をしなければならない。
「アルーニ様。ジョージ夫妻の好意で同席を許可していただき、感謝しています」
「君が、あのソフィアか。うんうん、なるほどね」
アルーニ氏はソフィアを前にすると、じっと姿を見つめた。紳士らしいアルーニ氏はじろじろ女性を見つめはしない。
背格好などを観察しているようだった。そして納得したように頷いた。
「君の着ている服はオリジナルかな?」
「はい」
「可愛らしいデザインだ。君によく似合っているよ」
「あ、ありがとうございます」
お世辞だとわかったが、褒められてほっとした。デザイナーの中には自分なりの美学を持っている人も多い。それゆえに辛口の助言をしてくる人も多いと聞いたことがある。
だが、アルーニ氏は男性だと思うが、どことなく女性的な雰囲気もある容姿で独特な雰囲気がある。
しかし会話をしてみたら好青年であった。びっくりするくらいの。ただ、好青年という年齢なのかソフィアには分りかねた。年齢がわからない。
「では、ジョージさん作る服のイメージなど決めていきましょうか」
アルーニ氏はジョージさんと話を始めた。生地などは持ってこなく、世間話から始まる。一見服の製作と関係なさそうな会話であった。
だが、それはジョージさんが求めている服について、アルーニ氏独自の手法で構想を練っているようだった。
「そうですね、ジョージさんの服の好みですと……こういったデザインがお好みかと思います。ですが、こういう変わった形もいいと思いますよ。流行も取り入れつつ、長く使える服の形です。生地をかえれば、同じパターンでも雰囲気もかわってきますから」
サラサラとデザインをその場で描いていくアルーニ氏。まるでデザインの渦がアルーニ氏の中からあふれ出すようだった。
ジョージさんの好みに関しても、家のデザインやカレンさんの好みなど加味していくつも提案をしていった。
その提案の数は何十パターンとなっていく。すると、ジョージさんもカレンさんも服を選ぶ楽しみができたようでいくつかの服を頼むことになった。
1着の値段はびっくりするくらい高い見積もりだ。
だが、ジョージさんもアルーニ氏の服の相場はわかっていただろう。いくら富裕層であるとはいえ、これだけの高額の服を即決させてしまう力がアルーニ氏にはあった。
「では、また仮縫いのときにうかがいます。期日はまた後日に」
そしてアルーニ氏はデザイン画の束を持って、それを鞄の中にしまった。
大量のデザイン画、そしてその流れるような工程。
ソフィアは次元が違うと思った。デザイナーとしての質はもちろんである。
だが。アルーニ氏は単なるデザイナーではない。服の企画に対して、相手の意見を柔軟にとりいれながら、迅速(じんそく)にそして最適に答えを出していく。
クリエイターは感性が中心だと思われがちだが、アルーニ氏は職人気質の細かな計算でデザインを考えていく人だった。
このレベルまで到達するには、確かな基礎知識はもちろんのこと、膨大な経験と技術がなければならないだろう。
「ソフィア、どうだった?」
カレンさんがソフィアに声をかけた。ソフィアはただただアルーニ氏に感動してしまい、声も出せなかった。職人としてもデザイナーとしても超一流の人。
「この場に立ち会えたことが、嬉しいです……」
「そうなのかな?僕のやりかたは、ちょっと変わっているから。最初はびっくりされるんだよ。やりたいようにやらせてもらっているから、ジョージさんといい仕事ができたと思うよ」
アルーニ氏は笑顔で答えた。アルーニ氏は、栗色のストレートの髪を一つに結んでいる。
その髪はとても綺麗であり、腰までたらしてある。
服は細身の体のラインを熟知して作りで、決して女性的ではない角張った肩のラインを強調した服だった。
布の折り目を重ね、縫製で形を作るわけでもなく、布の動きでエレガントな雰囲気を出す独創的な服。それがアルーニ氏の着ている服だった。
「では、お迎えがきていると思うから。ソフィア、途中まで送るよ」
アルーニ氏はソフィアを家まで送ってくれるという。アルーニ氏に送ってもらうなんて恐れ多い。
ソフィアは恐縮してしまうが、カレンはせっかくだからお話を聞いてみるのは?と声をかけてくれた。
アルーニ氏の気さくさもあって、すっかりソフィアはあることを忘れていた。
そう、大事なことだった――――。
アルーニ氏が誰の専属デザイナーであったのか。それに気がついたのは、迎えの馬車にオスカーが笑みをたたえて待っている姿をみた瞬間だった。
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