第7話


あれからしばらく経ち、弓波さんのスパルタ指導のおかげか火魔法〜闇魔法まで基礎はなんとかなった。


大変だった。

やっとこできたと思うとすぐ次、次と課題を出してくるのだ。


けれどこれで《簡単!5歳から使える生活魔法の基礎》をすべて覚えたことになる。


どうやら私は魔力が多く、魔法をおぼえるのが早いらしい。


まぁ早いって言っても普通は5歳から練習始めるらしいからね。

5歳児と比べてもね。





「急いで仕事終わらせなきゃ。」


さっきスマホが鳴ったと思ったら弓波さんから話があるから早く来るようにと連絡が入っていた。


今までは面倒な仕事や雑用を断れなくて全て引き受けていたが今は断れないなんて言ってられない。

自分の仕事を急いで終わらせ帰らないと弓波さんの約束に間に合わないのだ。


「文月さ〜ん!」


来た来た。花守さんだ。

1度終わらない仕事の手伝いを断ってからは声をかけてこなかったのだが。


「今日って予定空いてますか〜??」


「ごめんなさい、今日仕事が終わったら急いで帰らなくちゃいけない予定があって。」


「えぇ〜!

もぅっ、最近いつも早く帰っちゃいますよね。」


それは早く帰らずに仕事手伝って??ってことなのか??

というか、今まで自分の仕事を私に任せて早く帰っていたのは自分ではないのか。


弓波さんに呼ばれているんだ。

ここで花守さんに負けるわけにはいかない。

弓波さんの約束に遅れる方が後のことを考えると恐ろしい。


それに自分の仕事はきちんと毎日終わらせてるしっ!


「ごめんなさい、今まで忙しくてなかなか帰れなかったので用事がたくさん溜まってて帰らないといけないんです。」


あなたが仕事を押し付けてきてたからね。

と心で付け足す。

こんな風に言い返されると思っていなかったのか、私なんかに言い返されたのが腹がたつのか、いつもの笑顔ががピクピクしている。


「そっ。

じゃ、私はこれ部長に渡さないといけないから。」


私が働いてる部署の部長。54歳、独身。

彼はいつも花守さんに甘い。お気に入りなのだ。


部長に会うと面倒なことになる。

花守さんを手伝ってやれとか言われてもイヤだしさっと帰ろうと全力で急いで仕事を終わらせるのだった。






「おう、あおい!いるか??」


「あぁ、嶺二か。どうした?」


「今日は依頼があってな。

しばらくこっちで仕事が忙しくて向こうに帰れそうもない。妹に手紙を届けてもらえないか??」


そう言って嶺二は手紙と依頼料を渡す。


「わかった。どのくらいかかりそうなんだ??」


「う〜ん、仕事が落ち着くのが1か月後くらいかな。帰れるほど時間が取れるのはその後になりそうだ。」


「そうか、伝えておこう。

ちょうど向こうで素材の仕入れをしようと思っていたところだ。

その時に妹さんのところにも寄るよ。」


「あぁ、頼んだ!

そういえば、この間のみどりちゃん?だっけ。あの子どうなった??」


「あれからここに通って、今は魔法の勉強中だ。」


「おぉ、来てんのか!

どんな感じだ??」


「今は基礎魔法は全て覚えて、あとはその都度教えていくことになっている。」


「すっげぇ!!

もうそんなに魔法が使えるのか!才能あるんじゃないか?」


「まぁ、もともとエスティエーリルの人よりこちらの人の方が魔法の適性は高いらしいからな。」


「それにしてもじゃないか??

普通なら数年はかかるだろう。」


「まぁ、魔力も多いし向いているんだろう。

本人はそんなこと知らずに一生懸命に練習しているがな。」


「お前は・・・。

まぁ、魔法の才能がある奴みつけて嬉しいのかもしれないが練習は無理のない範囲にしてやれよ。」


「あぁ、わかってる。」


「じゃーもうそろそろ行くわ。

手紙、よろしくな!」


そう言って嶺二が帰る。


「そうだ。いいことを思いついた。」


“話があるので今日は早く来るように”


そうみどりに連絡をするのだった。






「こんばんはっ!」


「遅い。今日は早くと言っただろう。」


「だから、これでも仕事終わって急いで来たんですよ。」


相変わらず弓波さんは愛想がないが、機嫌がいい時と悪い時、少しずつわかるようになってきた。機嫌がいいとすこ〜し口角が上がってるし、目も笑っているような気がする。

会話も増えた。


「初めてここにきた時に居た嶺二を覚えているか??」


あの獣耳筋肉マッチョだ。


「はい。嶺二さんがどうかしましたか??」


「嶺二から仕事の依頼が来ている。

しばらくこちらで仕事が忙しく帰れないから手紙を妹に届けるというものだ。」


あの筋肉マッチョには妹がいるのか。


「今週行くぞ。」


いくぞ??


「・・・行ってらっしゃいませ。」


「違う。一緒に行くのだ。」



えええええええ!?


「一緒にって、異世界にですか!!?」


「他に何があるのだ。」


「無理です!心の準備が!!」


「心の準備などすぐにできるだろう。

とりあえず仕事はもう受けてあるのだから行くのは確定している。次の休みだ。」


次の休みって、すぐじゃないですかー!


が、弓波さんに逆らえないことなど等に分かっている。

仕方なく、私は異世界行きを決めるのだった。






ぜんっぜん仕事に集中できない。

そもそも異世界ってなに持っていけばいいんだ??

日帰り?、泊まり?

洋服と、下着と、、、


ピロンッ


「弓波さんだ。」


弓波さんのところに通うようになってすぐ連絡先を交換した。

異世界人がスマホ!?と思ったけれどこちらで生活しているということは必要か。と納得できた。


“今日は明日の準備があるから休みだ。

昨日言っていた心の準備とやらをしていなさい。”


休みだ!!

今日はゆっくり準備をして寝よう。


「六月さ〜ん!

今日これお願いしたいんですけど〜。」


きた、花守さん。


「ごめんなさい、今日も早く帰らなくちゃいけないんです。」


「またぁ〜??」


ぷんぷんっ!と音がつきそうな顔でこちらを見る。


いや、また?って言うけどいつも自分の仕事は終わらせてますから。

あなたがおしゃべりしたり休憩したりで終わらない分押し付けてるだけでしょ、と言いたいが言えない。


「明日用事があって。必要なものを今日どうしても買いに行かないといけなくて。」


「もぉ〜!」


私はさっさと仕事を終わらせ、花守さんに見つからないように会社を出た。





「う〜ん、絆創膏は必要かな??

とりあえず買ってとこ。」



明日の準備で買い物にきた。

が、こんな調子で買い物をしているのですでにカゴの中はいっぱいだ。


家に帰り荷物をリュックに詰める。

色々な事に備えて、必要そうなものは全部準備した。


「完璧!

もう22時だ。早く寝なきゃ。」


明日は朝9時に弓波さんの家だ。

はじめての異世界に備えて早く寝る事にした。




ピピピピピ---


7時。目覚ましのアラームで起きる。


「とうとう今日か。」


朝ごはんを食べ、シャワーを浴びて準備をし、もう一度荷物を確認する。


「よし!行こう。」


文月は大きなリュックを背負って家を出た。




「おはようございます!!」


「おはよう。

なんですか、そのパンパンなリュックは。」


「2日間の着替えと何かあった時の準備です。」


「置いていきなさい。」


「なんでですか!せっかく準備したのに!

2日間で泊まりだったらこのくらいの荷物は普通でしょう。」


「こちらと向こうは世界が違う。

スマホも圏外、財布も使われているお金自体が違う。

服もこちらの服では目立ってしょうがない。

これに着替えてきなさい。」


弓波さんに渡された服はふんわりとした刺繍とレースが使われている水色のロングワンピースと革靴、それに紺色のローブ。こちらもキラキラとした糸で刺繍がしてありとても可愛い。


とても可愛いが、25歳地味女の私が着れるような服ではない。


「ちょっと、これは無理がありませんか??」


「なにがだ?」


「私には可愛すぎるというか、華やか過ぎるというか、、、」


「向こうではこれが普通だ。」


そう言われると断れないじゃないか。

絶対に似合わないのはわかっているが、着替えるしかない。 



「・・・どうでしょうか??」


「ふむ。

眼鏡はない方がいい。」


「眼鏡がないと見えなし、コンタクトは体質的に合わなかったんです。」


「そういえば教えていなかったな。

魔力が使えれば視力を強化できる。」


「そんなこともできるんですか!?」


「今までは手に魔力を集めて魔法を使っていただろう。

視力を上げる場合は目に魔力を集めるんだ。」


「やってみます。」


眼鏡がなくなればかなり楽になる。

付けていると目も疲れるし、肩も凝るのだ。


目元にゆっくりと魔力を流す。

すると途端に辺りがハッキリする。


「できました!

けど少し目が重いというか、疲れます。」


「視力をあげるためには常に目に魔力を流しておかなければならない。

生活するのに困らないくらいを保てるように少しずつ流しなさい。そのうち慣れる。」


言われた通り魔力の量を最低限にすると目元の疲れが取れた。


「楽になりました。」


「よし。

ローブのフードを被っておきなさい。

向こうでは黒目黒髪は珍しいからな。

では準備もできたことだ、エスティエーリルに行こう。」


弓波さんと一緒にこのお店の奥の部屋にあるエスティーリルへと繋がる扉へと向かう。


「扉を通っても到着するのは向こうの私の家の中だ。

そんな緊張することはない。」


いよいよだ。


異世界ってどんなところなんだろう。

きちんと無事帰ってこれるのだろうか??


そんな思いを抱え、文月は扉を通った。

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